巻き込まれるお母さん
お母さんは世界中のお人好しを足して、お人好しで割った様な人だ。
厄介な頼まれごとを引き受けるのは日常茶飯事で、怪しげな新聞をつきあいで定期購読したり、知人の離婚問題の親権争いに東奔西走したり、友人の旦那の浮気現場を押さえるのに同行したり。
挙げ句の果てには、何十年も前に離婚した元夫(まぁいわゆる私の父)の亡骸を遠く離れた地まで引き取りに行ったり、(前記事:消えるお父さん参照)
その母親であるかつて姑だった人(まぁいわゆる私の祖母)を最後まで看取ったりしてしまう。
「そんなだからお父さんみたいなダメ男に捕まっちゃうんだよ。」とはさすがに娘の私も言いづらいが(言ったことあるけど)いつも全力で他人からの期待にウンウン唸りながらも、毎回どうにか応えようと頑張ってしまう。
ハタから見ていると大変健気だ。
私にもサービス精神というものはあるが、
あそこまで自己犠牲のもとに人生を送ることはさすがに二の足を踏む。
だがふと思う。私と妹がやや個性的な家庭環境で育ちながら、何の心の澱もなく大人になれたのは、お母さんが犠牲にしてきたであろう時間と労力に守られてきたおかげなのであろうと。
それでもお母さんはいつも私たちに言う。
「あんたたちが幸せならそれでいい。」
毎日水の如く淡麗グリーンラベルを呷り、タバコを吸いながら「かっかっかっ!」と笑う。
誕生日にはビールを箱でよこせと言い、母の日はビール箱を駐車場から家まで運ぶ台車が欲しいとLINEがくる。災害時には水より先にビールを買い、食料より先にタバコをカートンで買いだめするマイマザー。
「私が死んだら海に散骨してな!もう入会してあるから。」と”散骨の会”と書かれたパンフレットを私と妹に差し出し、自分の終活プランを娘たちに念押ししてくる。
「海まで行くの面倒くさ。家の前の川に投げといたらそのうち海に着くからそれでええやん。」
次女の辛辣な返しにもめげず、瀬戸内海がいいだの日本海は嫌だのと、メルヘンな事を言い出し、次女に軽く煙たがられる瀬戸内海散骨希望おばさん。
いつも誰かに頼られ、誰かを心配し、自分のことは後回しにしてしまうお母さん。あなたが亡くなった後の骨くらい本人の好きなように葬ってあげようではないか。
長女の私はまだまだ先だと思いたい未来を考え、少しセンチメンタルな気分で2人のやり取りを見ていた。
「あ、でも明石家さんまの葬式には出たいなぁ。」
ふいに言った一言で私のおセンチ気分が少し乾いた。この人はかの有名な明石家さんまより長生きするというどえらい野望を挟み込んできた。
それならば酒とタバコは控えてはどうだろうかと長女の私は提案した。
一蹴された。
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