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はじまりはお母さん

春の風がそよそよと心地よいこの頃。
5月生まれの私はこの陽気な季節が大好きだ。
しかし5月だったからこそ忘れられない出来事というのもある。

私の通っていた小学校はど田舎の過疎地で、ちょっと油断するとすぐに1クラスになってしまうようなギリギリの生徒数で、保護者の人達も同学年なら全員顔も名前も一致するような小さな規模の学校だった。
もちろん中学受験などする者はおらず、みんな同じ公立の中学校へと進むのが当たり前だった。

そしてみんな仲良く一緒に中学生に進級するのだが、そこは思春期。
土地柄と当時流行っていたドラマ・池袋ウエストゲートパークなどの影響もあり多感な数名の幼なじみが1ヶ月もたたない間にモリモリとヤンキーになっていった。

夏休みの宿題の朝顔の鉢を、ヒィヒィ言い合いながら並んで持って帰ったあの子も、一緒に田んぼでザリガニを乱獲したあの子も、いつしか大茶髪ヤンチャ中学生になっていた。
そんな少しの寂しさと新しくできた他校出身の友達との楽しさの中で、中学生になって初めての参観日があった。

そろそろ授業が始まりそうな休み時間の終わり頃、

「おばちゃ〜ん!」
「おばちゃん言うな!〇〇ちん♡って呼んでッ!!」
ギャハハハー!!

別のクラスになった幼なじみが廊下のはるか向こう側で、”友達のお母さんをおばちゃん呼びする→ちん付けで可愛く呼べ!と訂正される→お互い笑い転げる“という小学校の時からやっている死ぬほどサムいノリをやっていた。
悲しいことに相手はうちのお母さんだ。

私は見つからないように急いで自分の教室に入った。
もちろん新しくできた友達に母親がアレだとバレたくなかったからだ。

そして授業が始まり、保護者が後ろで微笑ましく我が子らを見守る中、うちのお母さんがなぜか見当たらなかった。
(あれ?さっき廊下の先にいたよな?トイレかな?まぁいっか。)
お母さんがいないことよりも、慣れない環境での授業に私は緊張で少しフワフワしていた。
教室に先生の声だけが響き渡るなか、いつもの静かな授業気分に戻ろうとしたその時、廊下からバカデカい声がした。

「まーくん!今授業中じゃろ?アンタこんなとこで何しとん?」

…オカンだ。

うちのオカンだ。
よりにもよって小学校を卒業してから一番のドヤンキーになったハトコのまーくんに話しかけている。オカンよ、まーくんはもうあなたの知っているまーくんではない。 
それ以上つっ込めば私がシバかれる。

「あ、まぁ…フフッ。」
まさか!ヤンキーまーくんがうちのオカンに返事をした。
おいウソだろ!?信じられない!
ありがとうまーくん!やっぱり君はあの頃の優しいまーくんのままだったんだね!一緒につつじの花の蜜を吸いまくったあの日を忘れないよ!まーくん!

「まぁ、えぇわ。アンタうちの子のクラスどこか知らん?」

知るわけがなかろう。
相手はまーくんだぞ!誰よりもクラスだ授業だのと関係のないスクールアウトローライフをおくってるまーくんだぞ?もうそれ以上はよせ!あとヤンキーにアンタとか言うな!

「知らん…。」
まーくん!まだ答えてくれるのか!
ありがとうまーくん!そうだよね!知るわけないよ!中学に入ってから一言も喋ったことないのにさ!わかるわけないよね!もう充分だよまーくん!

私は授業どころではなく、まーくんのありったけの人の良さに感謝し、自分の母親がボコられてない奇跡を噛み締めた。そしてこのままお母さんが教室に来なければいいと願い、必死で意識を授業へと戻した。

そしてそのまま授業が終わるかもしれないとすっかり気を許していた時だった。

スパーン!!!!

教室の扉がものすごい勢いで開いた。

…お母さんだった。

そこにいた全員がお母さんの方を見た。

スパーン!!!!

ものすごい勢いで扉が閉まった。

…先生側の前の扉だった。

「今のお前のオカンじゃね?」
斜め後ろの席の男友達が私に向かってボソッと呟いた。
それによりその日の私のHPは尽き果てた。

一部からクスクスと笑い声が漏れる中、先生が何事もなかったかの様に授業を続け、ついにそのままお母さんが娘の教室に入ってくることはなかった。

「ドア開けたら先生の方だった〜!もー!恥ずかしいわ〜!」と休み時間にお母さんが私に駆け寄ってきた。授業が終わるまで廊下に隠れていたらしい。

「もう参観日来んでええよ。あとまーくんめっちゃ引いとったで。」

私の反抗期が始まったのは5月のあの時からだ。

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