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突如現るお父さん

私が小さい頃からお父さんは毎回突然ふらっといなくなるのを基本スタイルにしており、私にとってお父さんというのは”家にいる日もあればいない日もある”、そんな存在の人だった。

だから友達のお父さんが毎日帰ってきていつも家に居ると知った時、大変驚愕したのを覚えている。

どこで何をしていたのかは全くわからない。
居なくなることも生活に支障がなかったので一向に構わない。
問題は家に戻ってくる時である。

お父さんはふらっと出て行った後ろめたさからなのか、ストレートに「ただいま」などと玄関から帰ってきたりはしない。
そんなことをすれば怒り狂ったお母さんに大目玉&門前払いをくらうだけだ。

お父さんとしては、ぬる〜っと家に戻り、いなくなる前の生活の続きから始めるような感じが理想だった。しかしこのぬる〜っと戻ってくるがとても難しい。

それはいつものように、お父さんがふらっと居なくなって数ヶ月たったある日のこと。
小学校低学年だった私は二階の子供部屋で一人日曜日の午後を持て余していた。一階の居間からは、ひいおばあちゃんと妹が見ているであろうテレビの音が聞こえていた。

本を読むのに飽きた私は、当時お気に入りのお人形だったジェニーちゃんで遊ぼうとおもちゃ箱がある子供部屋の押し入れを勢いよく開けた。

…お父さんがいた。

お父さんは懐中電灯の灯りでジャンプを読みながら、缶コーヒーを飲んでいた。

ジェニーちゃんを出すつもりだった押し入れから自分の父親が出てくる。
私の人生で未だに超えられたことのないキング・オブ・サプライズである。
私は驚きと恐怖でパニックになり、そのまま固まってしまった。

そんな絶賛びっくり仰天中の娘と目が合ったお父さんは、人差し指を口元にあて「シーっ!(内緒の意)ワシお腹減っとんやけど、なんかない?」と言った。

数ヶ月ぶりに会う娘へかける第一声としてはぶっちぎりの0点である。

しかし健気な私はスパイのようにコソコソと一階のキッチンへ行き、お父さんのためにお釜にあったご飯を茶碗によそい、味噌汁の余りを温め、冷蔵庫からお漬物を出し、それをお盆にのせ、「お腹減ったんか?」というひいおばあちゃんの問いかけにも「うんちょっと。部屋で食べるわ!」と嘘までつき、せっせと二階のお父さんの待つ子供部屋に運んだ。

お父さんは押し入れから出てきていて、子供部屋でコーヒーの缶を灰皿代わりにタバコを吸いながら、「おう!ありがとう!」と言って私のこさえたお漬物定食を綺麗に完食し、「お父さんがここに居ることはお母さんには内緒で!」と言い残し再び押し入れに消えて行った。

そしてジェニーちゃんと遊ぶタイミングを完全に失った私は、下の階で残りの午後を過ごし、仕事から帰ってきたお母さんと妹とひいおばあちゃんの4人で、そのままいつも通りの夜を過ごした。

そろそろ寝ようかということになり、お母さんと私たち姉妹は、二階の子供部屋の隣にある寝室で布団に川の字に寝転がった。

その時ふとお母さんが、「そろそろ掛け布団厚いの出そうか。」と言いながら寝室の押し入れを開けたその時、

「ギャァァァァァあああーー!!!!」

耳をつんざくような大声でお母さんが私たち2人に覆いかぶさってきた。

…お父さんがいた。

(そうだった…)私はすっかり忘れていた。
なぜだか知らないが子供部屋の押し入れから移動していた。

突然現れた謎の人影にお母さんはパニックになり、私たちを守るように掛け布団で押しつぶしながらよくわからない言葉を叫んでいた。私はとりあえずお母さんを落ち着かせようと「お母さん!あれお父さん!」と子が母親に言うにはやや珍しいワードで必死に呼びかけた。

そして父親との秘密を守った私の従順さは水の泡と化し、平静を取り戻したブチギレお母さんによってお父さんはそのまま下の階へと連行されていった。

このようにふらっと戻ってくるのは、ふらっと出ていくよりはるかに難しいのだ。

その夜私たち姉妹は、枕の下から聞こえてくる下の階の居間でブチギレているお母さんの怒り声を子守唄のようにして眠った。

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