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マジメでズレてるおばあちゃん

「どんなことがあろうと人の道に反することはしたらいけん。お天道様は必ず見とる。」

これは93歳でこの世を去った私のおばあちゃんの教えである。

おばあちゃんは面白いことが大好きで、めちゃくちゃブラックユーモアの持ち主であったが、根本的な部分はとても真面目な人だった。

それを表すかのようにいつも口酸っぱく孫の私達に言っていたのが冒頭の言葉である。
ちなみに「一発やられたら二発やり返すまで帰ってくるな。何でも倍にして返してこい。」
という昭和初期特有のストロングスタイルな教えもある。

シングルマザーの母が働いていたため、私たち姉妹はよくおばあちゃんのお世話になっていた。
ある日の夏休み、私はお昼を食べさせてもらおうと近所にあるおばあちゃんちに来ていた。扇風機のぬるい風を浴びながらダラダラと畳の上で大の字になっていると、おばあちゃんちの電話が鳴った。

料理中だったおばあちゃんはエプロンで手をふきつつ電話に出ると、最初こそ戸惑っていたが何やら真剣に話し始めて、とうとう怒り始めた。

「アンタそんなこと知ってどうするん?こんな昼間に電話するヒマあるんらなちゃんと働き!親兄弟が気の毒じゃ。家族は知らんでもお天道様が見とるよ!ちゃんと仕事見つけたらなんぼでも教えちゃるけん。ほんな切るで!ちゃんとしんさい!」ガチャ。

(あぁ…詐欺の電話か。)と私は思った。犯罪者予備軍に説教をするとはさすがおばあちゃん。

「何か詐欺みたいな電話?」
私は少し誇らしい気持ちで尋ねた。

「いいや。『お姉さんパンツ何色ですか?』じゃと。ほれ、アンタもうすぐお昼できるで。」

…変態からの電話だった。

知ってか知らずか電話口の男は、齡70(当時)を超えた婆さんに下着の色を聞き、親兄弟の心配をされ、定職につけと勝手に無職の暇人扱いされた挙げ句、定職につき次第知らない老婆のパンツの色を教えてもらう約束まで取り付けてしまったようだ。

変態家業もなかなか大変だなと当時の私は気の毒に思った。
おばあちゃんにとっては到底理解不能な人種のようで、私がどんなに後から説明しても「ばーさんのパンツの色なんか聞いて喜ぶ人やこおるわけない、なんか深い理由があるんじゃわ。」と全く信じてもらえなかった。

そんな真面目なおばあちゃんは、主に”先生”と呼ばれる職業の人には大変な敬意を払っており、母の代わりに来た私たちの参観日では、廊下ですれ違う教員全てに深々とお辞儀をし、かかりつけの病院に行く時は「汚い体を診てもらうわけにはいかんから。」と必ず朝風呂をキメて通院していた。そして「先生の手を煩わせてはいけない。」と滅多なことでは医者に行かず、ほとんどの疾患を持ち前の民間療法で何とかしていた。(注:病院はちゃんと行きましょう。)

「おばあちゃん…なにそれ?」
ある日の夜、晩御飯をご馳走になるためおばあちゃんちにやって来た私達姉妹は、出迎えたおばあちゃんを見るなり聞いた。

「最近鼻の通りが悪ぅてな。匂いが強いもん嗅いどったら良ぅなる思うてな。」

おばあちゃんの左右の鼻の穴には、庭で摘んだドクダミの葉っぱが一枚ずつコヨリ状にひねり込んであった。言っておくがおばあちゃんは大真面目である。

「ぜってー風邪じゃろ。病院行きーや。」
反抗期ヤンキーギャルの妹が、愛しさと切なさと口の悪さでおばあちゃんに言った。私は横でニヤニヤ笑うことしかできなかった。

「いただきまーす!」

(今夜もおばあちゃんのご飯はおいしいな。
特にお味噌汁が絶品。自家製お味噌がいいお味。酢の物とかお母さんあんまり作らないから嬉しいなぁ〜…)

「ぁぁぁあああ!やっぱクサっ!!」

限界を迎えた妹が叫んだ。
米を吹き出す私。お茶碗を持ったままびっくりして固まるおばあちゃん。その鼻の両穴から覗くドクダミの葉。
想像してほしい。自分の祖母の鼻から野草が生えてているところを。シュールすぎる。

「そんな臭う?もう…ほんなら取るわ。」
おばあちゃんは不服そうに鼻から葉っぱをにじり取った。

「頼むわ。ご飯の時だけは勘弁しておばあちゃん。」さすがに語気が強かったと反省した妹。

「あれ?何か鼻の通りよーなった気ぃする!トマトの匂いするわ!」
両穴を解放したおばあちゃんが嬉しそうに報告してきた。

「よかったなーおばあちゃん!」
と言いながら私と妹は思った。

今日のメニューにトマトはない。

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