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グッと恋しくなる季節・・・

近所の大好きな喫茶店。
おばあちゃん(母)と娘さんがご家族で経営されている、昔ながらのお店だ。
近年はお洒落なカフェも数えきれないほどあるなかで、実家に帰ってきたようなホッとする場所である。厨房で娘さんが料理を作り、おばあちゃんがホールを担当している。おばあちゃんはゆったりとおおらかで、娘さんはちゃきちゃきテキパキとしていて、たまに喧嘩しながらも仲良くお仕事されている様子がほほえましい。
おばあちゃんは冬でもいつでも半袖を着ていて、セットのドリンクを何にするか聞き忘れ娘さんに怒られるものの、「はいはーい」と軽快な返事でかわしたり、常連さんとお話ししては楽しそうにしていたり、そして話し込みすぎてまた娘さんに怒られてしまったり…。
私は、このおばあちゃんが本当にかわいらしくて好きなのだった。

このお店はコーヒーや飲み物、デザートはもちろん、がっつり食べられる定食やセットもののメニューも充実している。何と言っても、このお店の看板メニューはパスタ。お店の近くに消防署があり、たくさん食べたい隊員さんたちのリクエストに応えるべく、パスタの量が多いのは昔からだそう。彼もかなり食べるほうだと思うが、私たちはいつも中盛りを二人でシェアして食べてちょうどいいくらいだ。
注文のとき、おばあちゃんは毎回「中盛りは量多いけど大丈夫?」と聞いてくれる。私たちはそのたび、「二人で食べるので大丈夫ですよ」と答える。
そうしてパスタを待っていると、その間にセットのスープとサラダが運ばれてくる。一番最初に来店したときに驚いて笑ってしまったのだが、なんとサラダはお皿がよく冷えていて、ラップもかかったまま出てくるのだ。衛生面を考慮してコロナ渦からそうなったのか、もともとそうなのかは定かではないが、お店の様子から察するにおそらく昔からだろう。しかし、このお店に来る客で、そんなことにどうこう言う人はいない。

パスタを二人で平らげたあと、私はクリームソーダ、彼はチーズトーストを頼む。クリームソーダはシンプルなメロンソーダにバニラアイスと、さくらんぼ。このシンプルさが好きだ。このお店のものは、さくらんぼがグラスの下のほうに沈んでいることが多いので、できるだけ早く救出しなければならない。また、てっぺんに鎮座しているアイスをいきなり押し込んでしまうととたんに溢れ出してくるため、最初に少し飲んで分量を減らす必要がある。あとは、少しずつアイスを溶かしながらソーダと混ぜ込んでいく。クリームソーダは食べる過程も楽しい。
彼にクリームソーダを少しあげ、チーズトーストをひと口もらう。このチーズトーストがまたおいしい。チーズがしっかり焼いてあるのではなく、とろけて伸びるタイプだ。彼は、このチーズトーストを気にいってよく食べていた。

このお店で、彼といろんな話しをした。
このあと、どうする?何か買いたいものある?
週末、どこ行く?久しぶりにちょっと遠くに行きたいなあ。
仕事でこんなことがあってね。どう思う?それはちょっと・・・
一つ一つが、このお店のおいしい食べ物と一緒に思い出される。

おばあちゃんが話しかけてくれることもあった。
「そのお洋服、素敵ね」「爪、きれいね。プロの人にやってもらうの?」
と、洋服やネイルをほめてくれることも。素直に嬉しい。そして、そういった何気ない日常会話を交わせるお店も、チェーン店が増え続ける昨今では多くないのではないだろうか。また、客が身に着けているものや細部にまで目が行くところは、さすがに接客業をされているだけあるなあ、と感心するばかりである。
とはいえ、おばあちゃんが私たちのことをよく来る客と認識していたかは不明である。声をかけてくれることもあればそうでないときもあったが、それは誰に対しても一緒で、そんなところもまた良かった。
常連さんも、おばあちゃんのお人柄に惹かれて通っている方も多くいるんだろうなあ、と常々感じさせられた。

ある日、いつものようにお店で食事をしレジで会計をすると、おばあちゃんが「キウイ食べる?」と。
そばの保温庫から大きなキウイを取り出し、6つも袋に入れて持たせてくれた。
「わあ、ありがとうございます!」と、二人で大喜び。
帰って、さっそく食べてみた。すごく甘くて、キウイ独特の後味もなく、美味しかった。「また行って、おばあちゃんにお礼言わないとね」と話した。

しかしそれからしばらく、なかなかタイミングが合わなくてお店に行けなかった。
数か月後、たまたま近くを通りかかったら、なぜかお店の外に洗濯機が置いてあるのを目にした。その瞬間、私は唐突に嫌な予感に襲われた。
急いで店の正面に回ってみると・・・

「閉店しました。長年ありがとうございました」
と、張り紙があった。

膝から崩れ落ちそうなくらいショックだった。

どうして?
お客さんは入っていたのに…
実際は売り上げが厳しかったのか?
それとも、おばあちゃんに何かあった?

理由も分からないのに、そんなことをぐるぐるぐるぐる考えてしまった。
まだ、おばあちゃんにキウイのお礼を言っていなかったのに。それだけが心残りだ。

もう、出逢うことはないかもしれないけれど、
おばあちゃん。いつも楽しい時間をありがとうございました。
今もお元気でいることを、心から祈っています。

おばあちゃんにキウイをもらったのは、冬だった。もうすぐ一年が経つ。
お店はからっぽのまま、静かに、ひそかに喫茶店の面影を残しながら、私のいる街にたたずんでいる。
今でも、彼と店の前を通りかかるたび、中を覗き込んでしまう。もしかしたらおばあちゃん、帰ってきていないかな。そんな気持ちで。

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