紅茶詩篇『凍てつく冬薔薇』
うつくしいものが分からないことは、
怖いものが分からないことと同じくらいには、
恐ろしく危険なこと。
世界が終わる冬薔薇の時刻、
巨悪の心が零してしまったんだ。
もしも奇跡が消えた夜に。
喪われた青い星の軌跡の果てに消えてしまった。
そして忽ち崩れ去った。
悪は人間を嘲る場所に在るのに、
うつくしいものへの畏怖に慄える心は持っているらしい。
うつくしいものへの畏れがない者は、
怖いものの怖さを理解しようとしないことと同じくらいには、
恐ろしくおぞましいこと。
世界で最も冬薔薇に悪が集った年末、
巨悪の心眼は見てしまったんだ。
もしも青い星が潰えたのならば。
そのうつくしい女性は悪に魂を渡すくらいならばこの場で自刃すると言って首を刺してしまった。
そして赤い血の鮮やかさを凍空の下に散らせて救急車に連れ去られた。
悪が苦手とする行政の人々に心配されながら。
悪は取り返しのつかないことをした自分を理解する心は持っているらしい。
うつくしいものの怒りが分からない者は、
うつくしいものの矜持を理解できない無知と同じくらいには、
生きていく礼節のない恐ろしいこと。
世界で一番うつくしい冬薔薇となった女性が病院で昏睡していた数日、
巨悪は斃れてしまったんだ。
うつくしい、と呟いて。
そのうつくしい女性が、血の一滴さえ魂の鉄分を悪の手に委ねることはなかった矜持の前に崩れてしまった。
赤い血の匂い、
乾いた冬の都市を厚手の外套を着込んで足早に駆ける少女の血の横顔を持つ淑女の影はあどけなく嗜眠に落ちていて。
悪が最も脅威とする青い光に晒されていた。
悪はうつくしいものに関わることが出来ない理由をまた一度思い出していたらしかった。