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(2023/03/21/火)須恵器のデザインの移り変わり?

本日の写真 須恵器のデザインの移り変わり?

※こちらの写真は私が現地で撮った物で、施設に許可を得て掲載しております。


高坏(たかつき)
宮崎県内<六世紀中頃>
 高坏の脚(あし)が長く、透(す)かしの数が二紋です。足の長さはこの頃がピークとなります。


高坏(たかつき)
新富町内<六世紀後半>
 6世紀の中頃の物に比べると、高坏の脚(あし)がやや短くなります。透(す)かしがなくなるのも特徴です。

宮崎県立西都原考古博物館B1F展示

こちらは、昨日紹介いたしました須恵器と作られた年代が近い作品で、昨日とは別の博物館に展示されている物です。

こちらの博物館にも、当時古墳に被葬者と一緒に埋葬された大量の須恵器が展示されています。

展示されている須恵器の中には、今でも焼き物のセレクトショップ等で取り扱われてそうな良いデザインの須恵器等、良い物も多いのですが、こちらの作品は当時の時代の移り変わりを見ると言う意味ではかなり良い資料だと思います。

解説パネルに書いている通り、こちらの二つの作品が作られた年代は50年程しか離れていない様です。
しかし、この二つの製品は、明らかにデザインや手間の掛け方が違うのが判ります。

私が住んでいる県で発見される須恵器の産地は、今の『大阪府堺市』だそうなので、昨日堺市のホームページで色々調べた所、これら須恵器は当時、堺市で大量生産され、全国に流通した製品だった様です。

詳しい情報が掲載されている、大阪府堺市ホームページへのリンク

詳しくは大阪府堺市のホームページに掲載されていましたので、リンクを下記に記載したいと思います。

大阪府堺市ホームページ 陶邑窯跡群
更新日:2022年1月27日

大阪府堺市ホームページ 陶邑窯跡群 更新日:2022年1月27日

HPの中には窯の図や作り方。形の推移等も書かれていて解り易いので、興味の在る方は面白いと思います。

感想

この現堺市の窯が開かれたのが今から1400年前の様なので、この製品が作られたのは窯が出来て150年~200年位たって作られた物となります。

今でも、伝統技術を継いでいる職人の方々が、新しい表現方法で作品を作ってデパートの催事場等で販売している事が有りますが、この作品を見ていると、当時も伝統的なデザインから新しいデザインへの移行を試みた職人の人達が居たのかも知れないと思わせる展示物だと思います。
(量産品と言う事ですので、単に生産効率を図っただけの可能性や、実用性を高める為の簡素化、伝統技法の断絶等、考えられることは沢山有りますが、同じブランド製品のラインナップで作風が明らかに違うのは面白いです。)

これらのデザイン等も作品作りに生かせて行けたらと思います。

2023/03/21/1730~1830

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るてる
最後まで読んでいただきありがとうございます。 作品製作をしているので、サポートいただけたら創作活動に関する費用にしたいと思います。