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如是我聞 Podcast #4 歌舞伎の中の仏教:桜姫東文章

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前回のエピソードでは、熊楠と大拙というお二人による、明治時代の資本主義の中で、多様なあり方を尊重する社会を支えるための仏教についてお話ししました。今回のエピソードでは、歌舞伎の桜姫東文章という演目における仏教についてお話しします。この演目は因果話というカテゴリーになるそうで、仏教の底流にある価値観が反映されています。

四月の歌舞伎座では、共に人間国宝の片岡仁左衛門さん、坂東玉三郎さんが、桜姫東文章というお芝居で36年ぶりに共演されていることが話題になっています。歌舞伎座は間引きしているものの、久しぶりに満員、満場の拍手でした。飯塚友子さんの劇評です。

最初の場面では、まだ若い僧侶の清玄(仁左衛門)と、少年の白菊丸(玉三郎)が心中を図り、清玄が生き延びます。白菊丸は、来世は女性となって清玄と夫婦になりたいと言い遺します。この場面では、女形である玉三郎さんが美しい少年を演じています。ちなみに、前回のエピソードでお話しした南方熊楠は、少年の両性具有的な面を、種の多様性と関連づけて研究していた時期もあるようです。

十七年後、清玄は高僧となっています。そこへ、どうしても出家をしたいとお姫様の桜姫(玉三郎、二役)が、お供と共にやってきます。周囲はお姫様を思いとどまらせようとするのですが、非業の死を遂げた父と弟の菩提を弔うため、生まれつき開かない左手には何らかの前業があるに違いないため、御仏に仕える身となりたいというのです。清玄は姫の願いを聞き入れ、その場の全員が南無阿弥陀仏と唱えます。さらには清玄が十念を授けると、姫の左手が開き、そこから清玄が白菊丸と取り交わした小さな箱の蓋が現れます。清玄は姫が白菊丸の生まれ変わりであることを悟ります。

この場面では姫と清玄のそれぞれお供を含めると総勢三十名弱、お念仏を唱えます。他の演目でも、唱える場面は自然と出てきますが、ここまで大勢というのはなかなかないと思います。大きな劇場ではまた独特の響きがあります。この演目は鶴屋南北(四代目、1755ー1829)によるもので、初演は1817年です。お念仏が連綿と繋がっていることを感じられる場面でもありました。

次の場面では、姫が髪を下ろす直前、偶然現れた権助(仁左衛門、二役)が秘かに思っていた人であったことがわかり、姫は固い決心を忘れて密会します。そこへ姫を足掛かりにして立身出世を企む許嫁が踏み込み、権助は逃れますが、姫は残され、そこを訪れた清玄が相手であると陥れます。濡れ衣であるにも関わらず、清玄は自分の宿業と感じて破戒僧となります。そして白菊丸の生まれ変わりである桜姫に結婚を申し入れます。姫は自分のために濡れ衣を着せられた清玄に勿体無いと断ると、清玄は決意の証としてお数珠を切ります。姫は清玄を振り切ってその場を離れました。

お数珠を切るという象徴的な行為によって、高僧であった清玄が仏道を離れ、姫への執着に生きることになることが暗示される場面です。白菊丸に思いを抱き、その白菊丸だけを死なせてしまった罪を、今となって異なる形でわが身に降りかかったと受け入れるだけに止まらず、さらに姫を求めるようになるという運命の反転は、こう書いてしまうと荒唐無稽なお話です。姫は権助に出会ってただ今を生き、清玄は生きられなかった過去を生きようとしているようにも思えます。仁左衛門さんのお芝居には、こんな荒唐無稽な展開を、そうなるしかなかったと巧まずに思わせてしまうものがあります。途中上演が途絶えたものの、二百年以上にも渡って生きている物語の力ということかもしれません。

今月は、離れ離れになった清玄と桜姫が再会しそうになるものの、暗闇でお互いがわからないままに終わりました。6月に後半が上演されます。輪廻、因果といった伝統仏教の考え方が色濃く反映されていて、どのような展開になるのかたのしみです。

最後に、片岡仁左衛門さんが芸について語られていることを紹介します。
「僕ね、よくこう思うんですよ。芸を洋服にたとえたとき、通勤ラッシュの中で真っ赤なスーツを着ていれば、人目は引けますよね。皆さん通勤のためのスーツを着てるんですから。でも僕は、真っ赤なスーツを着なくても、みんなと同じようなスーツを着ていても、人込みの中を同じ歩調で歩いていながら、それでも人を引きつけるような、そんな役者になりたいなと思ったんですよ。毎日、同じダークスーツでもいいわけですよ。目新しい服を着て目を引くことに頼るより、今着ている古い服をいかに新鮮に見えるように着こなすかなんですよね。そんな役者になりたいと思ってきた。それもひとつの生き方じゃないかな、と考えるんだよね。」(小松成美「仁左衛門恋し」、2002)

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#歌舞伎  #桜姫東文章 #坂東玉三郎 #片岡仁左衛門 #江戸時代 #仏教 #セキュラーな仏教

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