善い神か悪い神か
今回は、記事と言うよりメモに近い感じ。
リクエストもあったし、本当はゾロアスター教について書こうかと思っていたんですが――
が
持ってたと思った資料が実は持っていなかったり、見つからなかったりで材料が足りない、ってのもあったのですが、調べれば調べるほど面白くて、書くまで消化しきってないって感じでもあります。
『月とヒキガエル』のあとがきでもちょっと書いてるんですが、ゾロアスター教で一番面白く感じているのは、バラモン教(ヴェーダ)との関係。
このふたつ、元々は同じ宗教でした。
原イラン多神教とかインド・イラン人の宗教、アーリヤ人の宗教など、いろいろな呼び名があるんですが、この宗教をざっくりと説明するならば、森羅万象、さまざまなものを神格化し、ハオマ(ソーマ)と呼ばれる幻覚性の飲料を祭祀に使っていました。
この原イラン多神教を信仰していた民は、紀元前5000年頃、東ヨーロッパから各地へ移動していったアーリア人のグループのひとつでした。彼らは東方へと移動していき、やがてペルシア(イラン高原)へと辿り着きます。
そして、紀元前2000年から紀元前1500年頃、ここで流れがふたつに分かれます。
ひとつはそのままペルシアに留まり、もうひとつはさらに移動し、インド西北部パンジャブ地方へと辿り着きます。
これがふたつの宗教の分水嶺でした。
この後、それぞれが信仰する善神と悪神が逆転するのです。
どういうことか、簡単に説明します。
まずはペルシアに残った方。
ペルシアでは、ザラシュトラ・スピータマという神官が宗教改革を行い、多神教からアフラ・マズダが主神となる一神教を誕生させました。これが今、ゾロアスター教と呼ばれるものです。
このゾロアスター教の信仰告白「フラワラーネ」の中に
・好戦的で不道徳な神ダエーワと敵対すること
というものがあります。
「ダエーワ」とは、ヴェーダで言う「デーヴァ」です。デーヴァは仏教では「天部」と呼ばれ、インドラ(帝釈天)やブラフマン(梵天)など、日本でもなじみ深い神様たちがいる神族です。
では、東――インド・パンジャブ地方へ向かった方はどうなのか。
先ほども触れましたが、インドの神々は、仏教にも取り入れられたため、私たちにも馴染みの深い神様がたくさんいます。
その中で、「修羅場」とか「修羅の国」といった言葉の基になり、興福寺の愁いを帯びた仏像でも知られる阿修羅。これはゾロアスター教の「アフラ・マズダ」に当たる「アスラ」が、仏教に取り入れられた姿です。
阿修羅は、六道のひとつにもその名が使われており、阿修羅道は、争いの絶えない世界と言われています。そうです、インドでは“好戦的で不道徳な神”はアスラであると言えるのです。
つまり、アフラ・マズダとダエーワ、デーヴァとアスラ、西と東で真逆になってしまっているわけです。
どうしてこうなった?
いつからこうなった?
少なくとも、ヴェーダで最も古いリグ・ヴェーダの中では、アスラ=悪神ではありませんでした。リグ・ヴェーダの賛歌にはアスラに捧げられたとみられるものもあります。またアスラ神族のルドラやヴァルナ、ミトラなどの神々に捧げた賛歌もあります。このルドラはヒンドゥー教ではシヴァと同一視され、ヴァルナは仏教では水天となっていたりするので、必ずしもアスラ神族=悪神というわけでもないのです。
しかし、アスラ神族は幻力(マーヤー)を操るという特性があるのですが、リグ・ヴェーダのインドラに捧げた賛歌の中には、「幻力を使う悪魔」をインドラが倒したと語るものがあったりします。
つまり、アスラ=悪神(悪魔)となる萌芽のようなものは、リグ・ヴェーダの中に、すでにあったようです。
ちなみに、ヴェーダの民がパンジャブ地方に辿り着いたのが紀元前1500年頃。リグ・ヴェーダが成立したのは紀元前1200年頃と言われています。
ダエーワ(デーヴァ)を信じちゃいかん、としたゾロアスター教が成立したのは……諸説ありまして、紀元前1000年前後の数百年の範囲らしいんですが、はっきりと解っていません。しかし紀元前1000年前後の数百年って、ざっくりしすぎ。
卵が先か鶏が先か――ではないけれど、ゾロアスター教が先か、ヴェーダが先か。どっちかが先にケンカを売ったのか、それともただの偶然でひっくり返ったのか……。
想像の余地が多すぎて、なかなか面白いのですが(そして結論も出せない)。
ただ、ひとつ言えることは、超越的な存在が「善」か「悪」かというのを、最終的に決めるのは私たち人間であるということです。
それはインド・イランの神話だけではありません。
例えば、古代カナン人の最高神バアルは、対立するヘブライ人にとっては大悪魔だったりします。
このキリスト教における「悪魔」のフォークロアも、「神様のなれの果て」という視点で見るとなかなか興味深い――そういう所まで調べてまとめてみたいのですが、集める資料も大変そうなので、今のところはここまで。
とりあえず、遙か昔、西と東に別れたアーリア人に何があったのかを考えると面白い、ということで今回は締めます。