一人の女が三人の男から一人を選ぶ(あるいは選ばない)話。2。

ほのかな薄明りで、オレンジ色と色香とアルコールが充満している空間に男性と2人で、カウンターに並んで。名前もよくわからない甘いカクテルなんか頼んじゃって。いちごミルクの味がする。

了が見つけてここで飲もうと言った。そう。この人はいつもそうやって言ってくれる。自分から誘ってくれて、わざわざ薫の職場近くまで来てくれる。

そういうところで期待してるんだろうな。ちょっと遠出して、安いスーパーで牛乳やら白菜やらりんごやら、それにビールを半ダース、大量に買い物した日の帰りにばったり会った時は何も言わずに、さっと荷物に手が伸びた。その時に触れた手のぬくもりを今も覚えていて、ちょっとどきっとする。

そして今。はたから見たら私は口説かれてるように見えるんだろうな、と薫は思う。小洒落た、でもリーズナブルなレストランに行った帰りの二軒目で、ここから夜が深まっていくという感じ。

でも実際はこれが一軒目だし、了には彼女がいる。


「それで、採用面接もどきみたいなことやってみて、どうだった?ていうか、あれなんでやったの?」

薫は答えない。

「二次面接はあるの?俺は一次通過した?」

「してない。」

「3人しかいなかったもんね。通過したら次が最終面接?」

「そうだねえ。」

「俺も最終行きたかった。」

「本当に?」

「ほんと、ほんと。楽しそうじゃん。最終はやっぱり個人面接なの?」

「たぶん。」

「じゃあなおさら行きたい。だって薫が何聞くのか知っておかないと。面白そう。」

「馬鹿にしてる?一応真面目に取り組んでる企画なんだけど。」

「いや、バカにするだろ。誰が彼氏を採用するために面接するんだよ。」

「まあ。それは。そうだけど。」


「それでさ、俺にはもうチャンスないの?敗者復活戦みたいな?」

ないだろ、と薫は思う。図々しい。彼女がいる時点でチャンスゼロだよ。
就活ノウハウその②:あきらめない(?)

でもそういうことが言えないのが今の薫だ。それで試したくなって、こう言ってしまった。

「じゃあCD出して。自分の作曲したやつね。500枚。500枚売ったら、最終面接呼んであげる。」

突飛な、突飛すぎる発想である。本当は、彼女と別れたら、と言おうかと薫は思っていた。でも、それはありきたりすぎるし、そういうことを言ってしまったら自分がつまらない人間になってしまいそうだった。いや、違う。負けなのだ。彼女がいる男性と2人で飲みに来ている時点で蹂躙されているし、女として負けていると薫は思う。悔しい。

それに、正直この人は今の彼女にもそこまで愛情がなさそうで、なんだかんだ簡単に捨ててしまいそうな気がしたから、もっと了にとって大切なものを奪って、あるいは与えてみたくなった。

「いや、500は無理だろ。せめて10枚。」

結局本気じゃないんだろうな、と薫は思う。この人はいつも人生に本気じゃない。

「舐めすぎです。それじゃあ、どうせ知り合いに売って終わりでしょ。300枚。」

「じゃあ100。」

「200。どう?」

「乗った。」

「やらないでしょ?」

「そう言われると追いたくなる。まあだるいけど。」

「面接での回答もだるそうに答えてくれてありがとうございました。特に志望理由。

"そうですね、まあ、かわいいからですね。大和撫子みたいで、かわいいのに凛としていて。ああ、幸せになってほしいなあって思って。それで相手を選ぶっていうから、どんなやつが来てるのか見てみたいなって思いました。"

つまり見た目?」

「いや、見た目だけってわけじゃないんだよなあ。幸せになるのを見届けてやらないとっていうか。」

「お兄ちゃんか、保護者か。」

「あと、薫と一緒にいると自分が価値ある男になった気がする。」

「なにそれ。自分の価値くらいに自分で作りなよ。」

「そういうところだよ。そういうところが、ああ、いい女だなあって思うんだよなあ。」

「一緒にいて楽しいとか落ち着くとか、そういうのじゃないんでしょう?」

「うん、なんていうか、俺にはもうタイムリミットがあって、この先どんどんモテなくなるから、選べる時は限られてるわけでしょう?限られた時間の中で、選べるならいいものを、いやなんかキモいこと言ってるな、いや、やっぱり、うん、何言いたいのかわからなくなった。」

「まあ、女だからってことだね。」

「薫はかわいいし、モテそうだし、大丈夫だよ。」

「なんだそれ。」


男子といっしょに過ごすというほのかな性の満足感もばっちりと満たされる。

最近読んでいた吉本ばななの本「ミトンとふびん」にあった言葉。それだけが、了と一緒にいる理由だったと思う。


「そろそろ行く?」

「そうだね。」

「お会計お願いします。」

そう。この人はいつもそうやって奢ってくれる。

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