「これでおしまい」
篠田桃紅 著 「これでおしまい」を読んだ。
3月に107歳でこの世を去った篠田桃紅さん。美術家で、書家で、抽象的な作品を描いていらっしゃるイメージ。ほぼ知らない。なぜこの本を手に取ったかというと、バイト先のお料理屋の女将さんが「篠田桃紅さんって知ってる?」と急に話を振ってきたことから、なら読んでみようと図書館で素早く予約をして手元にようやく届いたという次第。なんでも70代の女将さんは桃紅さんのことをご存じだという。ずっと以前、お店にも来られてお料理を召し上がったそうだ。「ほう。」少し興味出てきた。
お料理屋の旦那さんは話好きで、自身の集めた高価な器や屏風、お軸など古今様々なコレクションをお客様に披露する。お客様によっては大喜びでもっと話を聞きたがり、旦那さんはますます声高らかに嬉しくなって厨房そっちのけで帰ってこない。しかし桃紅さんは、そんな自慢たらしい話が始まると「ふん、それがどうした」というような態度でピシャリと話をシャットアウトし、旦那さんは早々に厨房に戻ってくるなり「わしは、ああいうのは苦手や・・」としょんぼりしていたという。女将さんの話。もう十何年以上前の出来事で、その後も来店されたことがあったらしいが、その折、お食事のあとに半日くらい車で付近の名所をご案内したのだそうだ。白山系の神社であったり、自然の造形に心を動かされたようで、とても喜んでらしたのよと、女将さん。
要するに女将さんは桃紅さんのファンだったのかな。地方なのでなかなか出向いて行けない作品展にも、足を運んで行くこともあったようだ。そんな話を聞いた上で、ほとんど知らなかった篠田桃紅さんの最後の本を読んでみた「これでおしまい」 やり切った人の、きっぱりした言葉がそこにはあった。イメージ通り、はっきりした性格の、何者からも自由でありたいと願い、覚悟をもって生きた人の言葉があった。
自然を伝えようなんて、大それた望みは持ちません。無理に決まっているんだから。
人の一生というものは、まったく自然のなりゆきで、自然のことなのね。 その日のお天気みたいなもの。その日は曇っていた。晴れていたというようなことよ。
こういうのを描いたら人はどう言うだろうなんてことは一切思わない。長く続けられたのは、相手を意識しないことだったと思う。相手に合わせていると、とてもじゃないけど、合わせきれるものじゃないです。
あらゆることが矛盾に満ちている。生まれてから人はあらゆることをしないと、「無為」が「徳の至れり」だと悟れない。そういうふうにできている。
出典 篠田桃紅「これでおしまい」講談社