太平記 現代語訳 21-7 高師直、塩冶高貞の妻を恋慕す

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この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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タイトル:太平記 現代語訳 21-7 高師直、塩冶高貞の妻を恋慕す
ジャンル:太平記

本文:
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太平記 現代語訳 インデックス5 (その中に [主要人物・登場箇所リスト]へのリンクもあり)

この現代語訳は、原文に忠実なものではありません。様々な脚色等が施されています。

太平記に記述されている事は、史実であるのかどうか、よく分かりません。太平記に書かれていることを、綿密な検証を経ることなく、史実であると考えるのは、危険な行為であろうと思われます。
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「北陸地方の吉野朝廷側勢力、大攻勢、黒丸城(くろまるじょう)落城、斯波高経(しばたかつね)殿、加賀へ退却!」との報に、京都の足利幕府メンバーらはビックリ。「至急、援軍を送るべし!」ということで、すぐに四方面の大将を選定し、下記のように、北陸地方の国々に派兵することになった。

高師治(こうのもろはる)が、大手方面軍大将として、加賀(かが:石川県南部)、能登(のと:石川県北部)、越中(えっちゅう:富山県)の勢力を率い、宮腰(みやのこし:石川県・金沢市)から加賀国内を南下。

土岐頼遠(ときよりとう)が、からめ手方面軍大将として、美濃(みの:岐阜県南部)、尾張(おわり:愛知県西部)の勢力を率い、穴間(あなま:福井県・大野市)、郡上(ぐじょう:岐阜県・郡上市)を経て、大野(おおの:福井県・大野市)へ向かう。

佐々木氏頼(ささきうじより)が、近江(おうみ:滋賀県)勢を率い、木目峠(このめとうげ:福井県・南条郡・南越前町-敦賀市)を超え、敦賀湊(つるがみなと:福井県・敦賀市)より向かう。

塩冶高貞(えんやたかさだ)は、海軍の指揮を執り、出雲(いずも:島根県東部)と伯耆(ほうき:鳥取県西部)の勢力から成る軍船300隻を率い、上記3方面軍が新田軍の本拠地へ接近するタイミングに合わせて、津々浦々から上陸し、敵の背後を襲ったり敵軍団の間を遮断したり、というように、その場の状況に応じて臨機応変に戦う。

以上のような作戦の下、全軍互いに綿密な打ち合わせを行った。

やがて、陸路を行く三方面の大将は次々と京都を出発し、分国で兵を招集しはじめた。

塩冶高貞も、自らの根拠地である出雲へ戻り、出兵の用意をしようと思っていたその矢先、思いもかけぬ事が起こり、高師直(こうのもろなお)に命を奪われる事になってしまった。

高貞を非業の死に至らしめたものは、いったい何だったのか? それは、「色恋」である。彼に長年つれそってきた妻に対して、高師直が恋慕したあげく、その夫を死に追いやったのである。

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当時、高師直は軽い病を患(わずら)い、幕府への出仕をしばらく休んで、自宅で療養していた。

家臣らは彼の無聊(ぶりょう)を慰めようと、毎日、酒や肴を調えては様々な方面のタレントを高邸へ招き、その芸能を披瀝させて座を盛り上げていた。

今宵もまた宴。月深く静まり返った夜、荻の葉をわたる風も身にしみ入るかと思われる中に、平家物語読みの声が朗々と流れていく。

高家メンバーA 今夜のあの二人の平家読み、いったいどこの誰だい?

高家メンバーB えぇっ、知らなかったの? あれが有名な、真都(しんいち)検校(けんぎょう:注1)と覚都(かくいち)検校だよ。

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(訳者注1)目の不自由な人に与えられた官名中の最高位のもの。
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高家メンバーC あぁ、あれがあの・・・。

琵琶D ビヨヨーン・・・ビィーン・・・ビヨヨーン・・・ジャララァーーーン・・・。

真都(しんいち) 近衛院(このえいん)のおん時、紫宸殿(ししんでん)の上にヌエという怪鳥飛び来たって、夜な夜な鳴く。源頼政(みなもとのよりまさ)、勅命をたまわってそれを射て落す。近衛上皇、限りなく叡感(えいかん)有って、紅の御衣(ぎょい)を当座の褒賞として頼政の肩にかけられる。

覚都(かくいち) 上皇のたまわく、「頼政のこの手柄には、いったいどんな褒美がえぇんかいのぉ・・・官位がえぇのか、はたまた国主がえぇのか・・・いやいやぁ、そんなもんでは、とてもとてもぉ、褒美としては、足らんー足らんー。あー、そやそやぁ、頼政はぁ、藤壷殿(ふじつぼでん)の女房の菖蒲(あやめ)に懸想(けそう)してしもぉてぇ、堪えられん思いに伏し沈むとやらぁ。ならばのぉ、今夜の手柄の褒美に、この菖蒲を下すとしようやないかぁ。」

琵琶E ビビィーン・・・ジャラァン・・・ビヨヨーン・・・。

真都 「ただしなぁ、この女の事、頼政はうわさに聞いてるだけで、未だ目には見ずという。そこで一興、菖蒲と同じくらい美人の女房をたくさん並べぇ、その中から菖蒲を選ばすとしようかいのぉ。」

覚都 「でやなぁ、頼政が菖蒲をうまいことよぉ引き当てんかったらなぁ、「あやめも知らぬ恋をするかな(注2)」と、笑ぉてやると、しよかい、しよかい。」

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(訳者注2)ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ あやめもしらぬ こひもする哉(かな)(古今和歌集 恋歌1 読人しらず)

現代語訳:ほととぎす 鳴いてる五月の 菖蒲草(あやめぐさ) あやめも知らぬ 恋をしてるわ

「あやめも知らぬ」:物事のすじめもわからない、夢中の。
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琵琶D ビビビビヨヨーン・・・ビビビビヨヨーン・・・ビビィーン・・・。

真都 後宮3000人の侍女の中より、花をそねみ月を妬むほどの女房たちを12人、同じ様に装束させ、あからさまには見せず、金紗の薄い帷(とばり)の中に置きぃ。

覚都 その後、頼政を清涼殿(せいりょうでん)の庇の下に召され、更衣(こうい)にかくのごとく言わしめらる、「今夜の働きの褒賞には、浅香(あさか)の沼の菖蒲(あやめ)を下さるとぞ。その手はたゆむとも、自ら引いて我が宿の妻となせ、とのおぼしめし。」

真都 頼政、勅命に従いて、清涼殿の大床に手をうちかける。見れば、何れも齢16ほどの女房、みめかたち、絵に描くとも筆も及びがたきほどが、金とヒスイの首飾りを着け、桃顔(とうがん)の媚(こび)を含みて、ズラリと並び居る。頼政、心は迷い、目は美女から美女へとうつろいて、何れを菖蒲と引き当てるべき心地も無し。

覚都 更衣、うち笑っていわく、「水が増(ま)さば、浅香の沼さえ紛るる事も、あるのかえぇ」。

真都 そこで頼政、一首、

 五月雨(さみだれ)に 澤邊(さわべ)の真薦(まこも) 水越えて 何(いずれ)菖蒲(あやめ)と 引きぞ煩(わずら)ふ

琵琶E ジャジャジャジャーン・・・ビシィーン!

覚都 時に、近衛関白(このえかんぱく)殿、あまりの感に堪えかねて、自ら立って菖蒲前(あやめのまえ)の袖を引き、「これこれ、これが菖蒲、これがあんたの宿の妻」とて、頼政に下される。

真都 頼政、ヌエを射て弓矢の名を揚(あ)げたるのみならず、一首の歌の御感(ぎょかん)によりて、長年久しく恋い忍びつる菖蒲前を賜る。

覚都 歌人の面目、今ここにあり。

琵琶D ビイーン、ビイーン、ビイーン、ジャラララーン!

真都は、三重(さんじゅう)の甲(こう)の音調に載せて高らかに詠い、覚都は、初(しょじゅう)の乙(おつ)に収めて詠いすます。

高師直は、枕を押しのけ、耳をそばだててそれに聞き入り、簾中(れんちゅう)庭上(ていじょう)もろともに、感動の声を上げる。

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平家物語吟詠終了の後、そこに残った若党や遁世者(とんせいもの)らの談笑が始まった。

高家メンバーF さっきの話、どうもひっかかるんだよなぁ。

高家メンバーG えぇっ? いったい何がぁ?

高家メンバーF だってね、考えてもみろよ、源頼政は、上皇を悩ませた怪鳥ヌエを射落すという、大殊勲を成し遂げたんだよ。なのに、その褒美があれではねぇ・・・。

高家メンバーH そうかなぁ。菖蒲前のような美女を褒美にもらえたんだもん、武士の面目躍如ってもんじゃない?

高家メンバーF まぁ、面目はそれなりに立ったのかもしれないけど・・・でもさぁ、褒賞もらうんだったら、やっぱし、美女なんかよりも領地とか高額のモノとか、そういったもんの方がよかぁなぁい?

高家メンバーI 「花より団子」かよぉ。

高家メンバー一同 わははは・・・。

高家メンバーJ たしかに言えてるよなぁ。同じもらうんだったら、やっぱし領地の方がゼッタイにいいや。

高家メンバーF (節をつけて)ハアァー、美女か領地かと、問われてみれバァ。

高家メンバーI (節をつけて)あ、そりゃ、決まってるわいのぉ。

高家メンバーJ (節をつけて)領地だ、領地だ、領地だわいなぁ。

高家メンバー一同 うわっはっはっは・・・。

これを聞いていた高師直は思わず、

高師直 タハッ・・・この野獣どもめが・・・。

高家メンバーF えぇっ?・・・。

高師直 テメェラ、なんちゅうバカな事、言うてはりまんねん。「美女か領地か」? そりゃぁ、「美女」に決まってるじゃぁ、おまへんか!

高家メンバー一同 ・・・。

高師直 おれなんざぁ、菖蒲前くらいの美女とだったらな、国の10個くらい、領地の2、30箇所くらい、交換に出しますぜい。

高家メンバー一同 ・・・。

それを垣根ごしにきいていた一人の女性がいた。

彼女は、「侍従の女房(じじゅうのにょうぼう)」と呼ばれていた。若かりしころは新参三位の公家の家に仕えて華やかな時を送ってもいたのだが、時の流れとともにその運も傾き、今は身寄りもないまま、高師直のもとへしょっちゅう出入りしていた。

彼女は、障子を引きあけてケタケタ笑いながらいわく、

侍従の女房 まぁまぁ、いったいなにをおっしゃいますやら・・・。あんさん(貴方)、それはトンデモない考え違いちゅうもんですえ・・・アハハハ。

高師直 どうして?!

侍従の女房 話の筋書きから推察するに、平家物語に出てくる菖蒲前はな、そないに言うほどの美人とはちゃいますよぉ。

高師直 いったいどうして、そんな事、言えるんだよぉ?!

侍従の女房 かの楊貴妃(ようきひ)の美しさは、「一度微笑めば、後宮三千人顔色無し」と言われてますわなぁ。それにひきかえ、菖蒲前はなぁ・・・。そないにすごい美人なんやったら、たとえ幾千万人の女房を側に並べ置かれたかて、源頼政は彼女を選び出すのに、そないに苦労はしませんでしたやろうに。他を圧して輝いている美貌の持ち主を選び出すだけの事ですからな、なんの苦もなくできますやんか、そうでっしゃろ? そやのに、それができんかった、ということはやなぁ、菖蒲前は、そないに言う程の美人では決してなかった、ちゅうことですやんかぁ。

高師直 うーん、なるほど・・・。

侍従の女房 その程度の美しさの女房とでも、国の10個くらい交換しても惜しぃない、言わはりますんやったらな、先帝の外戚(がいせき)の早田宮(はやたのみや)の息女であらせられる、「弘徽殿(こきでん)の西の台の方」なんかご覧にならはったら、あんさん、いったいどない言わはりますやろかいなぁ・・・ククク・・・。「あの女性とやったら、日本全土、いや、中国、インドと交換してもえぇぞ!」てな事、言いださはりますやろな、きっと。オホホホ・・・。

高師直 ほうほう、そんなすげぇ美人、いるのかい。

侍従の女房 まぁほんまに、この方の美貌というたら、それはもう・・・。世に類無い美しさですよぉ! あれはそや、いつの事やったかいなぁ・・・殿上人の皆さんがね、桜の花を待ちかねての春の日のつれずれに、宮中の美人がたを花にたとえて批評、なんちゅう事を、しはりましたんやわぁ。

高師直 ほうほう。

侍従の女房 まずは、桐壷殿(きりつぼでん)に住んだはる御后様。誰もはっきりとそのお顔を見たことがないもんやから、花に喩えてみても仕方の無い事ですが、「あの方は、明けやらぬ外山(とやま)の花かいなぁ」と。

高師直 はははは・・・。

侍従の女房 次に、梨壷殿(なしつぼでん)にお住まいのお方。いつも伏し沈んだように見えるその様が、なんともはや、ものがなしい。中国・周王朝の幽王(ゆうおう)が、妃・褒姒(ほうじ)の笑顔を見とぉて見とぉて、というのんも、まさにこないなカンジやったんかいなぁ、とね。年がら年中、あないに落ち込んだ妻の顔を見せつけられたんでは、あぁ、陛下のご心中はいかばかりか・・・「玉顔(ぎょくがん)寂寞(せきばく)として涙は欄干(らんかん)に落つ」、まさに喩えるならば、「雨中の梨の花」。(注3)

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(訳者注3)梨壷殿には梨の木がある。「梨壷にいる女性」と「梨の花」をかけている。
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高師直 おぉ、いいねぇ。

侍従の女房 その他にもな、いろいろな美しいお方が話題に上りましたわいな。月もうつろう本粗(もとあら)の小萩(注4)。波も色ある井手(いで)の山吹。あるいは、遍昭僧正(へんじょうそうじょう)が、「我落ちにきと 人に語るな(注5)」と戯れた嵯峨野(さがの:京都市右京区)の秋の女郎花(おみなえし)。

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(訳者注4)古郷(ふるさと)の もとあらのこはぎ 咲きしより よなよな庭の 月ぞうつれる(摂政太政大臣・藤原良経 新古今和歌集 秋歌上)

現代語訳:故郷(ふるさと)の 本粗(もとあら)の小萩 咲いてから 夜な夜な庭に 月影映る

「本粗」:根本の葉がまばら。 「月ぞうつれる」:萩の露に月が映る。

(訳者注5)名にめでて おれる許(ばかり)ぞ をみなえし(女郎花) 我おちにきと 人にかたるな(僧正遍昭 古今和歌集 秋歌上)

現代語訳:名に惹かれ 折っただけやぞ 女郎花(おみなえし) 堕落したとは 言うてくれるな

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侍従の女房 光源氏(ひかるげんじ)の大将が、「あの白く咲いてるのは?(注6)」と名を問うた、黄昏(たそがれ)時の夕顔の花。見るに思いの牡丹(ふかみぐさ)(注7)・・・というようにな、あれやこれやと、様々な花に喩えられた美人美女が、次々と登場したんですがぁ・・・。

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(訳者注6)うちわたす をちかた人に もの申すわれ そのそこに 白く咲けるは なにの花ぞも(読み人知らず 古今和歌集 雑体 旋頭歌)

現代語訳:おーいそこの はるかかなたに 居る人に問う そのそこに 咲いたる白い花 何の花やあ?

「うちわたすおちかた人=うち渡す遠方人」

(訳者注7)かたみとて みれば歎きの ふかみ草 なに中々(なかなか)の 匂ひなるらん(藤原光輔 新古今和歌集 哀傷歌)

現代語訳:あの人の 形見と匂う 牡丹花 歎きはさらに 深まるばかりや
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高師直 フンフン・・・。

侍従の女房 どうしても、花にたとえようのない女性がお一人・・・。

高師直 (ゴクリ)・・・。

侍従の女房 梅は匂い深くして枝はたおやかならず。桜は花の色はことに優れたれども、その香は無し。柳は風を留める緑の糸(注8)、露の玉貫(ぬ)く枝(注9)は殊に趣深けれども、匂いも無し花も無し。
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(訳者注8)春風の 霞吹きとく たえまより みだれてなびく 青柳(あおやぎ)のいと(いん富門院大輔 新古今和歌集 春歌上)

現代語訳:春風が 吹いて霞を 押しのけて 柳の糸も 躍っているわ

(訳者注9)西大寺の邊の柳をよめる

浅緑(あさみどり) いとよりかけて 白露(しらつゆ)を 珠(たま)にもぬける 春の柳か(僧正遍昭 古今和歌集 春歌上)

現代語訳:浅緑 撚(よ)った糸が 白露の 珠を貫ぬく 春の柳か
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侍従の女房 梅の香りを桜の色に移し、柳の枝に咲かせてみたとしたら・・・この女性はまさに、そういうカンジの人やなぁ、と。

侍従の女房 まぁ、そないなグアイなわけでして、この女性はついに、花でたとえる事もできひんままに終わってしまいましたんでなぁ、その美しさを言葉ではどうにも表現できませんわいなぁ・・・オホホホ・・・。

このように言い戯れながら、障子を引き立てて室内に入ろうとする、その袖を師直は捕えて、

高師直 (ニヤニヤ)ちょっと待った!

侍従の女房 (ニヤニヤ)まぁ、なんですかいねぇ。そないに目尻下げてしまわはって・・・。

高師直 (ニヤニヤ)その女・・・梅桜、いや、柳桜か・・・今はいったいどこにいるんだ? 年は幾つくらいになってる?

侍従の女房 ウフフフ・・・それがねぇ・・・。

高師直 おいおい、そんなに気をもたすな、いいじゃないか、ちょっと教えろぉ。

侍従の女房 聞きたいですかぁー?(ニヤニヤ)

高師直 聞きたいぃーー(ニヤニヤ)。

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