ショートショート【ひっかき絵】
21歳大学生。理系。長男。趣味はない。
特に変わらない毎日。
学校も特別楽しい訳ではないし、かといって別に退屈すぎる訳でもない。
大学生らしいことをして大人な青春を過ごしている人達に憧れもない。学祭準備?何が楽しいんだ、彼らの人生なんてろくなものではないとさえ思う。
大学生らしいと言えばアルバイトをしていることくらいだ。
半年ほど前から近くのスーパーでレジ打ちをしている。やりがいを感じているから続けているのではない。
時間も潰れるしお金も貰えるし家から近いし…
辞める理由がないだけだ。
バイト中の頭の中は目の前のお客さんの好みや趣味、晩ご飯のメニューのこと。
今日もいつものように商品をカゴからカゴへ移す。
気がつけばもう1時間半は経っている。
「あ、いつも頑張ってるね〜」
ふと声をかけられて顔を上げると、近所に住む一家のお母さんだった。
特別頑張っているつもりは無い。
「あっありがとうございます」
自分でもわかるほどのぶっきらぼう具合。
この人はよくこのスーパーに来る。まあここは1番近いし割と大きいし。隣の隣に住んでいるからスーパー以外でも顔を合わせることはあるが、深い話はしたことが無い。知ってるのは4人兄弟がいる家族ってことくらい。だからいつもたくさん買い物をしているし、メニューも分かりやすい。
例えば、鶏肉のお得パック、重たい唐揚げ粉とレタス。こんなの晩ご飯を宣言しているようなものだ。
今日のメニューは…人参、じゃがいも、玉ねぎ。そしてよく買っている牛乳。ここまではストックの可能性もあるが、次のもので確信した。カレーだ。下の子がまだ小さいからいつも甘口と中辛のルーを買っている。毎回本当に分かりやすい。
「ありがとうございました」
そう言えばこの前来たかなり体の大きい男性はスナック菓子を大量買いしていた。Lサイズを。だからそうなるんだよ、全く。
8月下旬、30代後半くらいの女性は野菜や肉などの食料品と一緒に文具コーナーの作文用紙を買っていた。自分の子供に頼まれたのか。スーパーで買ったのは急に言われた上、急ぎの頼みだったから。夏休みの終盤は焦るよな。わかる、読書感想文は俺も苦手だ。
と考えては、この単純作業に意味をもたせている。
普段とさほど変わらない今日。
夜の7時前、勤務が終わった。
帰るまでの流れも慣れたもの。おつかれさまでした、と心のこもってない挨拶をして店を出る。
よし、課題もないし漫画でも読みながらゴロゴロしよう。横切る野良猫を見ながらそう思い、すっかり暗くなったいつもの道を歩く。
家が見えてきた時、あまりの衝撃に鳥肌が立った。
恐怖に近いほどの感情。
こんなことあるわけが無い。突きつけられた事実に戸惑い、どうしていいのか分からない。
この世の常識というもの全てが信じられなくなりそうだ。
どのくらい立ちすくんでいたのか覚えていない。いつの間にかベッドの上で仰向けになっていた。
そして心に追いつくように声を出した。
「おい、はやく!!焼きそば買ってアイツらのバンド見に行こーぜ!!」
俺は自分の中でしか生きていなかった。
途端に自分の外側を知りたくなってしまった。
世界は色がついている。そう思っていたのはきっと自分の外側を黒く塗りつぶしていたからだ。
ただ、今見える世界は終わりが見えない程に色づいている。
あの日、家に着く直前。そう、スーパーで夜ご飯の買い物をしたあの人の家の真横。
そこで感じたのは深いミルクの香り。
あれは間違いなくクリームシチューだった。
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