ショートショート【父と車輪と私】
車輪を転がしながら父と。
緑の多いあの公園で。
私を乗せた自転車を、父がゆっくりとおしていた。
初めて買ってもらった補助輪なしの自転車にはやく乗れるようになりたくて
土日は疲れている父に構わず公園へ行っては転び、転んでは泣き。
砂利で膝が覆われ、手は傷だらけ、喉はカラカラだし、お気に入りのワンピースも薄汚れて…
上手くバランスがとれなくて思うようにいかない。
それでも私が前を向けたのは、ずっと父が後ろで支えてくれていたから。
こんな日々を大切な思い出として胸にしまえるようになった時
私は父の隣でゆっくりとバージンロードを歩いた。
あれからどのくらい時が過ぎたのだろう。
白に包まれた式場も懐かしく感じる。
車輪を転がしながら父と。
緑の多いあの公園で。
父を乗せた車椅子を、私がゆっくりとおしている。
膝を悪くし、手は皺だらけ、大きい声も出せないし、
パジャマ姿がすごく見慣れて…
上手くバランスがとれなくて思うようにいかないらしい。
少しずつ父の中から過去が消えていき、後ろにいる人が誰なのか、ここはどこなのか、全てが分からなくなってしまってもおかしくない今日。
「思い出すなあ、今では父さんが押されているのか。昔とは逆だな。」
なんて父が笑うから
私は涙をこらえることができなかった。
父が差しのべてくれた手を必死に掴んだあの日
真っ白の空間で父と腕を組んだあの日
懐かしさに浸りながら父の手を握ったあの日
昔と逆になったなんて言っていたけど
私が今も前を向けているのは、お父さんがずっと後ろで支えてくれているからだよ
そんなことを思いながらそっと花を添えた。
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