更科(さらしな)の月を見ようと
9月になって最初の日、今年の夏は列車の旅(青春18きっぷ)をしていないなぁと、少し寂しい気分になっていました。
よもよも決めかねたまま路線図を眺めていたら、長野県の篠ノ井線の「姨捨」という駅に「月の名所」と紹介があるのを見つけました。
「姨捨の月」
何処かで聞いたことがある、と記憶を辿ってみると、集英社の「図説 日本の古典」シリーズの『古今集・新古今集』の冒頭にあった写真の月でした。
この写真を見たとたんに「こんな月が出るところがあるのか」と息を呑みました。
姨捨山にこんな月がでるのなら・・・。
そういえば、昨夜の8月31日は満月だったことを思い出し、明日ならまだ月は丸いし居待月だと思ったら、居ても立ってもいられなくなって、すぐさま「明日此処へ行こう!」と、姨捨駅の近くの宿を予約しました。
そうして、JRの四ツ谷駅から甲府、松本を経由して姨捨にやってきて、私は大きな勘違いをしていたことがわかりました。
姨捨駅は千曲川の西の山の中腹にあって、眼下には棚田が広がっていました。
駅の標高が550mで千曲川の流れるあたりは標高が370mですので、高低差は200m以上。そうなのです。姨捨山は西にあるので、ここからは月は上らないのです。
姨捨山の月は、姨捨山から上る月ではなくて、姨捨から見える月でした。どうも「姨捨伝説」に引っ張られて、「姨捨山に出る月を見て、捨てた老母を思い出している」と思い込んでいたのですね。
改めてこの和歌を読んでみますと、下の句は、
「姨捨山にてる月を見て」
「てる月」で「でる月」ではない。もちろん平安時代の仮名文字は「゛」がありませんので、「てるつき」を「でるつき(出る月)」と思ってしまうのも無理からぬこと。
でも西にある姨捨山は月の入るところなので、ここは「てる月(照る月)」ですね。
なので、ここは「姨捨山で光り輝く月を見て」となりそうです。
そしてどこで区切るかによって、解釈が日本語だと次のどっちもアリなんですよね。
姨捨山で、光り輝く月を見て
姨捨山で光り輝く、月を見て
「月が姨捨山で光り輝く」のか、「よみ人が姨捨山で見て」なのか。
さらに上の句では、
「わが心なぐさめかねつ更級や」
「更級」(さらしな)は、今は「更科」という字で書かれていますが、古来より、千曲川を挟んで西側が「さらしな(更科)」、東側が「はにしな(埴科)」と呼ばれていました。合併して千曲市となる前は、更埴(こうしよく)市と呼ばれていたところです。
「更(さら)」という字は、更地(さらち)、更になる、更衣(ころもがえ)というように、「古いものが一掃されて新たになる」という意味がありますが、更科へとつながる姨捨の棚田は、かつて大規模な地滑りがあった場所を田んぼにしたと、地元の人が教えてくれました。
もしかしたら、千曲川の姨捨山側は、山が崩れて「更地になったところ」で、千曲川の向こう側は、それがなかったから「埴(はに)=土」という名がついているのかなぁと、想像したりしています。
そして「なぐさめかねつ」を分解してみますと、
「なぐさむ(慰む)」は今は一つの動詞になっていますが、もともとは「なぐ」と「さむ」が合わさったもの。
「なぐ」は見た目の状態が静まって、「さむ」は温度的な状態が静まる感じでしょうか。こうしてみると「なぐさむ」は、激しく高ぶっている状況が前提になっていますので、山崩れによって地形が一変して「更になる」ことと近しいイメージなのですね。 *縁のある言葉(縁語)
そして、「なぐさめることが困難で不可能だった」この「わが心」の激しい高ぶりは、心が踊っているのか、それとも心が傷んでいるのか。
これもどっちもアリなのです。
わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山にてる月を見て
おそらく、よみ人が居る場所は、更科(姨捨山の下)か姨捨山のどちらもあり得て、満月は真夜中(12時ごろ)に一番高くなりますので、月を見た場所は時間帯によって変わってきそうです。
(1)姨捨山に居て、そこから向かいの鏡台山から上ってくる輝く月を見た
(2)麓の更科に居て、そこから姨捨山に沈んでいく輝く月を見た
そして「更科や」と、言っているのですから、読み手にとって、更科は月と並んでとても大事なのです。
そこで、更科の土地の成り立ちのことを思いつつ、
更科を見下ろしながら月をみる(1)と、更科から姨捨山を見上げて月をみる(2)では、なんとなく心情が違う。
実は、姨捨山と呼ばれる山の正式名称は「冠着山(かむりきやま)」と言って、姨捨駅の一つ手前に「冠着(かむりき)」という駅があります。
古代より大きな山崩れが何度か起きていることを考えると、もしかしたら「かむりき」というのは「神力」だったのかもしれません。そして、その神というのが「姨」なのではないでしょうか。
「姨」に「夷(えびす)」という字があるのは「捨てられた神=蛭子(えびす、ひるこ)」なのかもしれません。だから「姨捨」という呼び名が生まれたと。。
まあ、それはそれとして、
姨捨駅から見た月は、なだらかな棚田を抱きながら、鏡台山と五里が峰の稜線の上にぽっかりと、悠々と、静謐で、空間ごと目に心に焼き付いています。
その姿はとても気高くて、「月の支配する世」を出現させていました。
此処へ行ってよかった。
わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山にてる月を見て
此処に立ち、この目で確かめて、この歌が、その時々の、その人それぞれの心持ちによって、どんな風にも味わえばいいことを、確信することができたのですから。
姨捨山の月を見て、わたしはちょっとだけ更になって、、ますますワクワクが止まらなくなってきました。
*