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フランク族の“free”

2024年の夏は、3年ぶりのオリンピック「パリオリンピック」が開催されています。

開会式では「馬」が印象的な役割を担っていましたが、騎士を乗せた白い馬が行進のあいだずっと頭を垂れている姿に、西洋における「人と馬の主従関係」を垣間見る思いがしました。

なんとなくだけれど、馬や牛に対して上も下もないと思っているからか、私には少し違和感がありました。

そして「聖火」の点火には、エトワール凱旋門に気球が登場。

パリオリンピック開会式 “浮かぶ”聖火台に点火


もしやと思って調べて見たら、気球による有人飛行はフランスが一番だったのですね。

1783年、その飛行を成功させたのはモンゴルフィエ兄弟。彼らの父ピエールはルイ16世により貴族に叙せられ、「ド・モンゴルフィエ」(de Montgolfier)と名乗るようになりました。

モンゴルフィエ兄弟の公開実験(1783年)
wikipediaより

さらにその6年後の1789年にはフランス革命が起き、革命の余波を恐れた周辺国とフランスの間に勃発した「フランス革命戦争」では、はやくも気球が敵地偵察のために使われています。

このフランス革命戦争で頭角を表したのがナポレオンですが、彼が作らせたエトワール凱旋門に気球が出現したのですから、今回の開会式を見ているあいだずっと、フランス、フランス人が、武力をベースにした「力」が平和を支えると考えていることを改めて思いました。

それはヨーロッパ大陸において、長い長い歴史の年月に絶え間なく続いた「互いの争い」の中で身につけた「術」あるいは「真理」に近い感覚かもしれません。


平和や自由は「力」によって手に入れられる。

そうした視点で英語の「free」を考えてみたら、確かに力が優位であればfreeが現実化される。逆に言うと優位でなければ自由がない。。


そこで改めて英英辞典で「free」を調べて見たら、こんな意味が並びます。

【free】
able to act as one wants; not in prison or under anyone's control
(その人自身のしたいように行動できる/監禁されていない、または誰かの管理下でない)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
not limited in any way, esp,  by rule or custom
(いかなる方法も制限されない、とりわけ規則や習慣によって)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
without payment of any kind; costing nothing; given away
(どんな種類の支払いもなしで/何も費用がかかりません/差しあげます)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
not busy; without work or duty; having time to give attention to someone or something
(忙しくない/仕事も義務もない/誰かや何かに打ち込める時間がある)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
not being used; empty; not kept for or promised to anyone
(使用されていない/空いている/誰にも確保されていない、または約されていない)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
open; not blocked
(開いている/妨げられていない)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より

【free】
not fixed onto anything; not set in position; loose
(何にも固定されていない/所定の位置にセットされていない/放たれている)

LONGMAN DICTIONARY OF CONTEMPORARY ENGLISH
(ロングマン現代英英辞典)より


このように、"free"には、人が行動を起こすときの「方法」の自由と、場やモノの「状態」の自由という意味があります。

ではこれは、どういうイメージが元になっているのでしょう。

【free】
印欧語根
pleu- 流れることを表す(flowなど)。flyなどの由来として、飛ぶこと。

weblio英和辞典より

freeとflow、flyが同じ語根?

さらに“free”の語源につながるものはなにかと思いweb上で検索をしましたら、Free Bench (Lat. francus bancus)と記されているサイトがありました。
(* Lat.  ラテン語)

このサイトの内容はイギリスの一部で古くから行われていた荘園慣習である「フリーベンチ」を説明するものですが、たまたまFree Bench (Lat. francus bancus)という記述から、freeはラテン語のfrancusと同じであるというヒントを得ました。

そして、francusとは、ラテン語で「フランク人」のこと。

ということは、freeとフランク人が繋がる。

【francus
フランク人(フランクじん)、またはフランク族(フランクぞく、羅: Franci、独: Franken、仏: Francs、伊: Franchi、英: Franks)は、ローマ帝国時代後期から記録に登場するゲルマン人の部族。

ローマ人はライン川中流域に居住するゲルマン人たちを一括して「フランク人」と呼んでいた。

wikipediaより

一番古い記録では、フランク(francus または franci)という言葉は、西暦3世紀半ばに初めてローマ帝国の史料に登場します。
そして、この名はローマ人から見たときの「彼らの特徴」から名付けたもの。

ということは、英語のfrankの意味を見たら、源流のヒントがありそうです。

frank
[the Franks] フランク族 《Rhine 川流域に住んだゲルマン族》.
[可算名詞] フランク族の人,フランク人.

weblio英和辞典より

frank
率直な,隠しだてのない

weblio英和辞典より

そしてここにfreeがありました。

frank語源

From Middle English frank, from Old French franc (“free”), in turn from the name of an early Germanic confederation, the Franks, from Proto-West Germanic *frank (“courageous, free”) and/or Proto-West Germanic *frankō (“javelin, spear”).

(中英語 の「frank」から 、さらに古フランス語の「 franc ("free")」から。
これは、初期のゲルマン連合の名前であるフランク族に由来しており、西ゲルマン祖語の *frank (「勇敢、自由」) および/または西ゲルマン祖語の *frankō (「槍、槍」) から来ています。)

weblio英和辞典より

この語源をみると、「勇敢」=「自由」なのです。
勇敢な人は自由で、勇敢でなければ自由ではない。さらに勇敢さは槍によって裏打ちされている。

また、 franc = free というイメージは、フランク族がローマ帝国領であったガリア地方における「自由民」であったということが重なっているようです。「自由民」とはざっくり言うと奴隷状態から解放された人。

彼らは勇敢で、彼らの武器は「槍」


Man with a shield throwing a javelin
(javelin : 槍)
wikipediaより
Spear-armed hoplite from Greco-Persian Wars
(spear : 槍)
wikipediaより


そして、フランク族の名そのものであるフランキスカ(francisca)は、フランク族が投擲武器として用いた戦斧の名前。

様々な形のフランキスカ
wikipediaより


槍ほどは飛ばないかもしれないけれど、こんな重い斧をぶんぶん振り回して(おそらく大声を挙げて)投げてくるフランク族。さぞや恐ろしかったことでしょう。


投槍に投擲斧。
だからfreeの印欧語根(一番奥の根っこ)が、流れる(flow)、飛ぶ(fly)などの由来としての「pleu-」なのですね。



ライン川の中流域に居る彼らに近づくと「何か」が飛んでくる。
彼らはその「何か」を振り回して勇敢に立ち向かってくる。
その「何か」(武器)の特徴(イメージ)が部族の呼び名になったのでしょう。

ローマ人からフランクと呼ばれ、ローマの敵であった彼らは、その高い戦闘能力の故にローマ帝国の国境警備の任にあたるようになり、ローマ帝国内の自由民となりました。

そしてローマ帝国の滅亡後、5世紀後半にはフランク王国を打ち建て、8世紀後半から9世紀前半には、現在のフランス・ドイツ・イタリア北部・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・スイス・オーストリアおよびスロベニアに相当する地域を支配したのです。


そしてフランク王国の分裂後、西フランク王国はフランスへと継承されてゆきました。


言葉に言霊があるのなら、日本人が「自由」と訳し使っている、"free"という言葉のDNAは「飛んでくるもの=武器」「力」そのものなのかもしれません。



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