『下界の神様奮闘記』第51話「神様と女神⑦」

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「考えたことは、私も君も一緒のようだったね」


「考えたこと……?」


「そうだ。どうせ君も、凪沙ちゃんを探しに神鳴山へ来たんだろう?」


「君も、ってことは、神村さんもですか?」


「君から話を聞いた後、ふと凪沙ちゃんにも話を聞いてみたくなってね。今の凪沙ちゃんだったら、きっと今頃は神鳴山の山頂からこの街の景色を目に焼き付けてるに違いない。そう考えたんだ。それは君も同じなんだろう?」


「……その通りです。優しい凪沙ちゃんのことだから、俺が天界に戻るために自分が犠牲になるだろうと思いまして。この街とお別れしなければならなくなるのに」


 ふと凪沙ちゃんの方に目を移す。少しうつむきがちに、しかし目にはしっかりと力が入っているように見えた。もう既に覚悟を決めているのだろうか。


「お二人とも、私のことを心配してわざわざ来てくれたんですか?」


 凪沙ちゃんが話し出す。少し震えているようにも聞こえたが、声にもしっかりと力が入っていた。


「私のことなんか、心配しなくても大丈夫ですよ! この通り、元気ですから! ほら、元気元気!」


 凪沙ちゃんとはそこまで長い付き合いではないが、それでも今の凪沙ちゃんは無理して元気を作っていることくらい、今の俺でも分かる。優しい性格である凪沙ちゃんゆえ、嘘を付くことは苦手なのだろう。


「私はもう大丈夫です。さぁ、神山さんが天界に戻れるように帰って準備しましょう!」


「凪沙ちゃん。僕はこの件を話し合いたくて凪沙ちゃんを探しに来たんだ。だから、改めてしっかりと話し合って決め……」


「もう私は決めたんです。私が協力することで神山さんが無事に天界に戻ることが出来るのなら、協力させてください!」


「だから一回話し合いを……」


「神山さんは天界に戻りたいんですよね? ずっと仰っていたじゃないですか! 二度とないチャンスなんですよ? それも、私が協力することでほぼ間違いなく戻ることが出来ます。だから私が証人として天界に……」


「凪沙ちゃん!!」


「……」


「凪沙ちゃんはさ、本当はずっとこの街にいたいんでしょ? この街を、鳥居家を愛しているんでしょ?」


「……そ、そんなこと……」


「凪沙ちゃんは優しいから、自分の思いを殺してまで僕に協力してくれようとしてることくらい、もうとっくに気付いてるよ。もう一度聞くけど、本当はこの街にずっといたいんでしょ? 鳥居家の一員として暮らしたいんでしょ?」


「それは……、そうですけど……」


「だから改めて、話し合いを……」


「話し合いなんかしたら!」


「……!?」


「話し合いなんかしたら……、せっかく決断したことがまた揺らいでしまうじゃないですか……。神山さんのために天界に行くことを決断したことが……」


「凪沙ちゃん……」


 凪沙ちゃんの声は完全に震えていた。これまでずっと我慢していたのだろう。申し訳ないという気持ちが急速に膨らんでいく。


「本当はずっとずっとこの街にいたいですよ。天界では結婚の制度はあっても、下界のように両親から子供が誕生するものではないから、親子も兄弟も存在しません。それが、思いがけず落とされた下界で両親や弟という存在が出来ました。それが単なる設定だとしても、私としてはかけがえのない存在です。それと同時に、それらを失うのはとても怖いことだということも知りました」


 震えた声から、涙声へと変わり始めている。ここまで我慢させていたのか。俺はとてつもなく大きな罪を犯したような、そんな感覚に陥っていた。


「それでも一度は決断しました。私が証人として天界に行くことによって、何の罪もなく下界に落とされた神山さんを救うことが出来るならって」


 何の罪もなく、か。皮肉なもんだな。今まさに、大きな罪を犯しているというのに。


「それをまた話し合いなんてしたら、揺らいじゃうじゃないですか……。もう決断出来なくなっちゃうじゃないですか……」


「凪沙ちゃん」


「……何ですか?」


「俺決めたよ。天界には戻らない。今後も下界で、出来るならこの街でずっと暮らしていくよ」


「へ……? 何を言ってるんですか……? あれだけ天界に戻りたいって言ってたじゃないですか! 私の気持ちが揺らいだからですか?私がちゃんと決断できなかったからですか?!」


「愛着が湧いたんだ。この街に。鳥居家のみんなに」


「私に気を遣うなら止めてください! 私なら大丈夫だって言ったじゃないですか!」


「気なんか遣っていない、これは本音だよ。正直、自分でも驚くくらいの本音だ。実は今日、神村さんと話をしたんだ。その時に言われちゃったよ。「君が気付いていないだけで、実は下界、とりわけこの街を気に入り始めているのではないだろうか」って」


「でも、それだけの理由なら、まだ天界への思いは完全には捨てきれないのではないですか?」


「凪沙ちゃんのことも言われたんだ」


「私のこと、ですか?」


「深くは追及されなかったけど、その時に気が付いたんだ。俺は凪沙ちゃんを犠牲にしてまで天界に戻りたいのかと。凪沙ちゃんの家族やこの街、そして画家になるという夢を犠牲にさせてまで、俺は本当に天界に戻りたいのか、ってね」


「神山さん……」


「それに」


「それに?」


「こんなに情に流されてちゃ、天界に戻って区域担当神なんか務まらないからね」


「神山さん、本当にそれでいいんですか……? 神山さんの方こそ、自分の思いを押し殺してませんか?」


「伝えたいことは全部伝えたつもりだよ。俺は下界に残るよ。これはもう、揺るがないと思う」


「神山さん……。ふ、ふぇーん」


 凪沙ちゃんも相当悩んでいたのだろう。それから一気に解放されたのか、少し独特な声を上げながら泣き出してしまった。


「さてさて。結論も出たところで、この素晴らしい夜景を観ようではないか」


 神村さんが俺と凪沙ちゃんを夜景の方向へと導く。そこには無数の街の明かりが、異様なくらい眩しく光り輝いていた。


「今の時間帯が一番綺麗ではないかな。神山くんもナイスタイミングでやってきたね」


 今思えば、あの時「浮遊」での移動をしていなかったら、このタイミングで山頂に到着し、この夜景を観られなかったかもしれない。かといって、今後使うかは微妙であるが。


「わーっ! 綺麗ですね! この街の夜景は何度か観たことあるんですが、今日が一番綺麗かもしれません!」


 さっきまで泣いていた凪沙ちゃんだが、今は夜景に夢中になっている。重すぎる悩みから解放されたのだ。今まで観てきた夜景の中で一番綺麗に観えているだろう。


「神山くん、ちょっといいかな?」 


 おもむろに神村さんが耳元で囁く。


「はい、なんでしょう?」


「君はもう天界には戻らないことを決断した。だが一応そのことも含めて、最後に天界の連中と話をしたらどうだい? また私が協力するから」


「分かりました。最後にちゃんと話をして、天界との関係を断ちたいと思います。思えば、神村さんはなぜこんなにも僕たちに協力してくれたんですか?」


「あぁ。ある種の「罪滅ぼし」というところかな。実は凪沙ちゃんを下界に降ろす手続きをしたのは、この私なんだ」





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