『下界の神様奮闘記』第32話「神様とこの街➂」
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「神村……さん?」
「まぁ、覚えていないのも無理はないだろう。君と私は天界でもあまり接点が無かったからね」
天界? ということはこの方は俺と同じ元神様なのか?
「私は飲むのが好きでね、天界の飲み屋はほとんど制覇したものだよ。君も一度飲みに誘ったんだが、なんだったっけか、その時は確か残業があるとかなんとか言われて断られた記憶があるなぁ」
……。あ、思い出した! 俺が新神教育を担当した神楽が入神してきた日に退神していた方だ! 部下に慕われていたのかどえらい花束貰ってたのを思い出す。あの神村さんがなぜここに?
「どうやら、少しずつ思い出してきたって感じかな?なぜここにいるんだ、とも思っているね?」
神村さんはじっとこっちを見ていた。なるほど。神の能力の一つ「潜入」を使って思考を読み取っているのか。これは間違いなく元神様だ。
「思い出すのが遅くなってしまい、申し訳ありません。最近よく居酒屋に来ていただいているのに、全く気付くことが出来ませんでした」
「それも無理はないだろう。私も下界に来てすっかり「人間」になってしまってね。下界に染まった、というべきかな。神山くんは、私が見る感じまだ下界には染まりきれていないようだ」
「そうですね。実は、自分で望んで下界に降りてきたわけではないんです。だからいずれは天界に戻りたいと思っています」
「それも十分承知している。私は天界で君に何が起こったのかを知っているのでね」
「え? なぜ知っているのですか?」
「それはね……」
「神山さーん! 勘解由小路さーん! おまたせしましたー!」
「おや、凪沙ちゃんが戻ってきたようなので話は後でね。凪沙ちゃんには一応、勘解由小路と名乗っているので、他の人の前ではそれに合わせてくれないか?」
「分かりました神……、じゃなくて、勘解由小路さん」
なぜもっと分かりやすい名字にしなかったのだろう? 勘解由小路て。確か漢字5文字の名字じゃなかったか? 左衛門三郎くらい分かりにくい名字だな。習字の小筆で書きづらいだろうな。
「凪沙ちゃんと神山くんが良いなら、私もご一緒しても良いかな?」
「良いですよ! ね? 神山さん!」
「構わないです。一緒に行きましょう、勘解由小路さん」
かくして、若い女性と元神様のおじさん二人という奇妙な一行が出来上がった。
神鳴山は標高がそこまで高くないため、駐車場のある場所から山頂までさほど時間はかからない。それでも山頂から一望出来る街の景色は絶景であるため、登山客や観光客に人気だという。
「今日は天気も良いから登山客で賑わってますねー!」
「そうだね。凪沙ちゃんたちは、今日は何を目的に来たんだい?」
「学校の課題で風景画を描くことになりまして。それで、私の生まれ育った街の風景を描こうと考えて、それなら街が一望できてかつ一番綺麗に見える神鳴山の山頂へ行こうと思ったんです」
「それは素敵なことだ。凪沙ちゃんはこの街が好きなんだね」
「はい! せっかくなら絵だけでなく、記憶にも心にも残しておきたいんです。一人で来るのはちょっと寂しいかなと思って、神山さんに付いてきてもらいました! 神山さんにも絵を描いてもらうんですよー」
そうだった、忘れてた。そういえば俺も絵を描かないといけなかったんだ……。
「神山くんも絵を描くのか! 二人ともどんな出来になるか楽しみだね」
「勘解由小路さんは今日はどんな目的で?」
「私はただの登山だよ。歳を重ねてからも体力が落ちないように、山歩きを日課にしていてね。しかし、「居酒屋・花串」の料理と酒が美味くて最近は太り気味だけどね」
「いつもありがとうございます! ご贔屓にしていただいて嬉しいですが、身体にも十分お気を付けくださいね」
「ありがとう。凪沙ちゃんは本当に優しいね」
やっぱりこの子は良い子だな。おじさん二人がいても嫌な顔しないし、なんなら身体の心配してくれるんだもん。おじさんたち、泣いちゃうよ。
「あ、着きましたね! 人が多いですが、空いているところを探して景色の見える場所を確保しましょう」
周りを見ると、写真を取っている人もいれば、自分たちと同じように景色を描くために画材を持っている人もいる。あまり長居すると迷惑なので、時間を設けて場所を取るのがルールのようだ。
「ではここらへんにしましょう。これが神山さんの分の画材です。勘解由小路さんはどうされますか?」
「私は少し休憩したら下山するよ。今日は貴重な時間をご一緒してしまって申し訳なかったね」
「いえいえ、とんでもないです。帰りも気をつけてお帰り下さいね!」
神村さんは凪沙ちゃんに一礼すると俺の元へ近付き、耳元で囁いた。
「また近いうちに話そう。君も色々と知りたいことがあるだろうからね」
「分かりました。本日はありがとうございました。また花串でお待ちしています」
「最後に一つだけ。私はさっき、君に「下界に染まりきれていない」と言った。君にはまだ天界に未練があって、いずれは戻りたいと思っているのだろう。しかし、私から見る君は下界に「染まりきれていない」だけであって、少しずつではあるが確実に染まってきてはいると感じる。君が気付いていないだけで、実は下界
、とりわけこの街を気に入り始めているのではないだろうか?」
この街を気に入り始めている、か。強く否定できない自分が不思議に思え、思わず苦笑の表情を浮かべてしまった。
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