『下界の神様奮闘記』第15話「出掛ける神様⑥」

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 繁華街から凪沙ちゃんの車へ戻る道中は、まるで空気全体が質量を持ったかのように重たかった。途中、凪沙ちゃんが声を掛けてくれたが、両耳を風のように抜けていく。晴人くんへの申し訳無さと、鳥居家を出ていった後の途方感を考えると、ますます気が重たくなった。

 天界に関する情報を得られなかったどころか、明日以降生きていくことすらままならなくなったのだ。これがおじさんニートの行く末か……。


 繁華街を抜け、もう少し歩くと駐車場へ到着するというその時、近くでがしゃんとガラスの割れるような音がした。その音に驚いた俺を含む全員が音のした方へ振り向くと、小さい女の子が足を押さえて泣きじゃくっていた。そばでは母親らしき人が慌てて女の子に駆け寄っている。


「あの女の子、大丈夫かしら……? 音の大きさからして結構な衝撃だと思うけど……」


「たぶん、お店の外のガラスのショーケースか何かにぶつかったのかな?あれくらいの子供は夢中で走り回るものだから、ぶつかったり転んだりしても珍しくはないだろうし。でも、たしかにあの音の大きさからして結構な衝撃だろうから心配だね……」


 繁華街を抜けた人気の少ない所故に、駆け寄っていく人も少ほとんどいなかった。また医務室のようなものも近くにはない。小さいクリニックや薬局へ行こうと思っても、そのためには一度繁華街に戻らくてはならなかった。


 その時、近くの影が急に女の子の元へ駆け出す感覚があった。ふと隣を見ると、さっきまでそこにいた晴人くんがいない。次に怪我をした女の子の方へ視線を移すと、既に女の子の近くに晴人くんが駆け寄っていた。


「大丈夫ですか? ……膝からの出血の量が少し多いですね。見たところ目視で確認できるほどの大きなガラス片などは無さそうです。しかし、もしかすると細かいガラス片などが付着している可能性があるので、洗い流しましょう。近くに水道は……、無さそうですね。お母さん、ペットボトルの水などはお持ちでしょうか? 飲みかけでも構いません。あ、持っていますか。では、傷口を少し洗いましょう。ごめんね、ちょっとしみると思うけど少しだけ我慢してね」


 晴人くん? なんかすごい手慣れてるぞ……? 


「晴人は救命士を目指しているんです」


「そうなの? それは初耳だなぁ」


「ここに来る前、晴人が小さい頃に車の後部座席に乗っていた時、交通事故に遭った話をしましたよね? 決して規模の小さい事故ではなかったにも関わらず、駆け付けた救命士さんの迅速で適切な対応のおかげもあって、運転していたお父さんを含め、晴人も特に大きな怪我を負ったり、後遺症が残ったりすることはありませんでした。その事に感銘を受けたみたいで、いつか自分もあの時自分に良くしてくれた救命士さんのようになりたいと言っていました」


 晴人くんは救命士の専門学校に通っていたのか。今まで接してきた感じからして、どうせチャラチャラとしたモード系の専門学校にでも通っていると思っていたが、そんなことはなかった。神も人も見た目で判断してはいけないな。


「お母さんが持っているハンカチでは、小さすぎて出血が止められそうにないですね……。どこか止血できる道具は……。あ、これを使うか……」


 晴人くんは徐に自分が持っている買い物袋を漁り出した。晴人くんが持っている物で、何か止血できるようなものってあったっけ? なにしろ、晴人くんが持っているのは「それ」が入った袋ひとつしか無いからだ。


「ここに新品のTシャツがあります。清潔な布として使えるので、これで一旦止血しましょう」


 晴人くんは、先程くじで当てた1等の限定Tシャツで女の子の止血を始めた。いくらお目当てのものではなかったとはいえ、数量限定で一枚20,000円もする貴重なTシャツである。躊躇なくそのような使い方をすることは、普通はなかなか出来ないだろう。

 まして、物を大切に扱い、自分の物が壊れたり汚れたりすることを極端に嫌う晴人くんのことである。それにも関わらず咄嗟にこのような判断が出来たのは、おそらく美鈴ちゃんに良い所を見せようなどという邪な考えではない。救命士を志す一若者としての使命感から出たものであろう。

 うーん、悔しいがかっこよすぎるぞ、晴人くん。


「とりあえずこれで止血はできたと思います。万が一、骨折や感染症の可能性もありますから、このまますぐに病院に連れて行って上げてください。君もすぐに泣き止んで偉いね」


 母親は晴人くんに何度も頭を下げていた。晴人くんは当然のことと言わんばかりの態度で、しかし母親だけでなく怪我をした女の子も気遣いながら、俺達の元へと戻ってきた。


「晴人、凄いかっこよかったよ! なんだかんだ言って本当は前から欲しがってたTシャツを使うなんて。無理に良いところを見せようとする晴人も好きだけど、やっぱり普通にしてる自然体の晴人が私は好きだなぁ!」


「べ、別に良いところを見せようとなんかしてねーよ! まぁ……、多少は意識してた部分もあるけど……。あと、さっきのは救命士を目指してる身として当然の事をしただけだから、かっこよくもなんともねーよ」


「またまたぁ、照れちゃって。晴人のこと、もっと好きになっちゃったなー」


 なんだこのカップル。眩しすぎやしないか? 


 すると徐に晴人くんが近付いて来た。


「なんだかんだであのTシャツ、役に立ったよ。あれがあったから早急に手当てが出来た。一応礼を言わないといけないな。ありがとう。でも別に許したわけじゃねーぞ。あと、さっきは言いすぎた。神山さんもすぐに行く所なんてねーだろうから別にいてもいーぞ。ただし、目障りにならないことを約束するならな」


「ありがとう晴人くん。救命士の卵としての君、すごくかっこよかったよ。目障りにならないならいいんだね? 約束するよ。あと、約束といえばもう一個……」


 繁華街を出る少し前に、俺は晴人くんと交わした約束を果たしていた。それは、「くじで限定キャップをハズしたら、自腹で買う」というものだった。ちょっと居酒屋でバイトしたくらいの賃金から捻出するのは痛かったが……。


「これを後日美鈴ちゃんにプレゼントしたらいいよ。理由は……、そうだな。さっき人助けしたのを神様が見ていて、思わぬ臨時収入が入ったから、とか」


 まぁ、正確には元神様だし、俺の自腹だけどね……。


「なんだそれ。おかしな理由だな。でも、ありがたく受け取っとくよ」


 心無しか少しだけ笑顔をみせてくれた気がした。少しは晴人くんとの溝、埋まってたらいいけど。


「さぁさぁ、もう遅いから帰りましょ!」


 帰りも俺は後部座席で美鈴ちゃんと隣同士で気まずかったが、しかし行きの雰囲気よりはだいぶマシだった。


「遅くなりそうだから、どこかでご飯食べて帰る?」


 勘弁してくれ、凪沙ちゃん……。




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