連作三十首 火球と巻貝

階段を入り日はそよと流れ落ち床にゆらめく光の渚

霞立つ書斎へつづく鍵穴を覗けば夜の砂丘が展く

とおく焚火は白雨のうちより鳶を呼ぶ桟道歩むごとき随想

月光に蛙は掌をかざす骨の隧道透かし見るまで

火があった あなたの頬で揺れる穂へ手渡すだろう二三の巻貝

冷えきった砂原の底に置くときの琉金の鰭のつややかな水辺

――今晩は珊瑚の小指が降るでしょう。錆びない傘と祈りの準備を――

月を孕む淡い双子座 掘り出した流星を馬に曳かせる朝夕

オアシスに桃の香ただようことごとく角なき我らは昏倒しゆく

蜃気楼だろうか 湖畔に立つ森へ舳先を向ける櫂のすずしさ

旅人の足跡を食う蛇の棲む疎林を抜ける日傘を揺らし

朝焼けに飼ってた犬が駆けてきて ああ あたたかい針葉樹林の香りだ

汽水湖に放つ七つの砂時計 晩秋のさきへ波紋が触れる

曼珠沙華は涸れ井戸の底でざわめいて白く泡立ち百合へ羽化する

廃道に八つの倒木横たわり「ときどきいびきが聞こえるらしい」

八月の輪郭を焼くたしかめて椅子に幾何学の証明しるす

そのメトロノームを決して失くすなよ、この林から抜け出したいなら

ばらまいた画鋲が星図を描く路地そっと天球儀は回り出す

煤ぼけた露天商の手にとぐろ巻きほの光る彗星の喉骨

冷灰を青磁へ注げば火柱が立ちやわらかく視覚うしなう

夜市立つ街路に見送る背があった 金木犀が絶叫している

月球は撃ち落とされた 海岸に巨大な頭骨さかしまに立つ

望遠鏡の化石を洗う海峡で帰路を見いだせ ふゆくるまえに

白群の太陽のぼる氷床にほろほろ落とす我らの耳殻

青鷺の飛び立つまえの空隙を撃てよ 息も遅れるほどに

しなやかに腕を広げるオーロラに空襲警報響き渡って

あかときにめいめい雀はせわしくて我は布団を引き寄せる櫂

草むしりする人のいた門前に青草ふたつさやさや揺れる

霧雨が樹冠を撫でる冬の朝ひだりの胸へ砂丘をたたむ

この冬に流れた火球を眼裏にあつめて午後の弔いとする