岬の観測所

 岬の突端に建つちいさな観測所に私はいて、私の分身はいて、ときどきそのことについて私は(あるいは私の分身は)思いを馳せる。あの夏、灰色霧の集団が空から太陽を引きずり下ろし、夕方がえいえんに続いた夏、岬の観測所にはあなたもいて、そして私たちは、世界に対する反抗のもっとも小さな形について飽くことなく話していた。
 私が(あるいは私の分身が)、月の白い横顔を丁寧にスケッチしている傍らで、あなたは(あるいはあなたの分身は?)退屈そうに薪をたき火にくべていた。午前三時にあなたのくゆらす葉巻にともるちいさなほのおが、私には明日を照らす光に見えていた。あなたが月の下でこごえる獣の眼をしていたことに、あのときの私は気づけないでいた。
 あなたは一度だけ、世界に対する反抗のもっとも小さな形は何かと私に問うた。祈りだ、と私は答えた。その答えにあなたはとても不服そうだった。やがてあなたは、いつか訪れる審判の日のことを過剰に恐れるようになった。ほどなくして私たちは岬の観測所を離れることに決めた。
 岬の観測所を離れる日、私たちは八羽の鳩を異なる方角へと飛ばし、世界の形を把握しようと試みた。あるいは、そのようなことを企む若者のふりをした。そうでもしなければ、私たちは自己の非力さを認めることができなかった。少なくともあの日の私はそうだった。
 あの夏が終わり、岬を十四の白い夜が過ぎ去った。岬を包んでいた夕闇は立ち去り、街を包んでいた灰色霧は陽光に焼かれた。私は、あるいは私の分身は、いつまでもあの岬の観測所にいて、好んで残り続けているのか、それとも捕らわれているのか、それはもう分からないけれども、少なくともあの夏は、世界に対する反抗のもっとも小さな形に通じていた。