鉄塔

町を見下ろす二十三の鉄塔、を濡らす灰色の雨が四日つづいたさいごの晩、私たちはちらつく街灯の、橙色の光のなかで、なにとも分からない石塔の半分に祈りをささげていた。町中に散らばる枯れた道標を回収すること、そしてその苔生した文字を解読すること。それが私たちに与えられた唯一の仕事だった。その日の私たちも、カッパの中に紫色の疲れを隠しながら無心でそれらを回収しては、意味ありげに並べ替えたり不思議そうに眺めたりしていた。

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あの日から二月の間、月は毎日下弦の月のままだった。月は本当に半分欠けてしまったのではないか。そう思った私は毎晩のように河原に下りて、なくなってしまった月のもう半分を探しつづけていた。私が見つけてやらなければ、月がほんとうは丸い形をしていたことを、だれもが忘れてしまうのではないかと、その時は本気で思っていたのだ。

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南南西に二本、北北西に三本、東北東に一本・・・・・・。町を囲む二十三の鉄塔を一本一本丁寧に確認すること。それが私の朝の日課だった。この町の人びとは町を囲む鉄塔の正確な数を覚えていないし、そもそも鉄塔のことをあたらしい種類の城跡か何かだと思っている。彼ら鉄塔が送電をやめてからもう何年経つのだろうか。タンス屋のおじいさんのぼそぼそとした語りが、知りうる歴史のすべてだった。

2019/04/01