街と海
夕日の巨大な親指が
尾根を下ってこちらへやってくる
もうじき
環形動物の夜なのだ
そっと輪郭を書き留めている
書生のまなざしなのか
それとも
日記を焼く二日前なのか
それは分からないが
落ちている眼球のさみどりは
もう誰のものでもない
街から海へとつづく一本の道があり
一本の道だけがあり
この街の誰も
海へ行くことがない
なぜなら
すべてのものは海からやってくると
街の人々は信じているからだ
よいものも、わるいものも、だ
はる式日に向かって飛び立つ鳥の
一瞬まえに差し込まれる
光の腕のようなもの
ふと背でとまるあなたの
口元からほつれていく長大な
くわいの無声音のようなもの
——昨晩からつづくこの風の
方角におぼえがある
とあなたは言って
そして背後になにもない
南天、こごえている星空の下
砂浜を這うたくさんの
耳がある
あれは、わたしの耳
あれは、おまえの耳
あれは、わたしたちの耳
あれは、おまえたちの耳
海岸地帯に並び立つひまわりを見て
いましがた発火するひまわりを見て
それで、終わる
後ろ脚だけをのこして
起き抜けに見ることのある
緋色の鹿が
さんがつの名を呼んでいる
ファインダーのなかで
くらくこだましている
これは、わたしの灘
あたらしく、ふるい灘
なつかしく、どうしようもない灘
とてつもなく、わたしの、なのだ
このような
か細い海抜線をたよりにして
過去を話そうとするとき
年輪をゆっくりと逸脱していく
それは
雨音なのか
わたしたちよりも
ずっと手前でゆれている
花々のかたちをした色彩よ
もう落ち着いていい
だから、よく聞きなさい
街から海へとつづく一本の道があり
一本の道だけがあり
この街の誰も
海へ行くことがない
なぜなら
すべてのものは海からやってくると
街の人々は信じているからだ
よいものも、わるいものも