地図

針葉樹をかたどった
つめたい白亜の像が
いちれつに立ち並び
とおく
北の氷床へ向かってつづいている。
私を
目覚めてすぐの私を
混沌とした意識のまま
北へ北へと誘い出そうとする。


かつて
私は地図を描くしごとをしていた。
日にひとつ廃道が生まれる
それを私のまなざしのもとにかき加えるのだ
廃道をより合せるとき
地図にはじめて姿があたえられた。

きっと
この針葉樹の列も
いつかの廃道だろう
木々だけが覚えていた
私は忘れていた
むかし、北の海底に置き去りにした
一本の赤いばらのことを。

たえず
眠りの表層にやってくるもの
あたたかな記号 剥離した輪郭
あれらの揺れうごくすがたを思い浮かべ
私はいま
思い出せなくなってしまった 思い出すべきことを
あといくつ残しているか
指を折って数えている。

じっと
私の背中を見つめる
くろいゾウの濡れたひとみ。
(この針葉樹の鎖をつたって海へ出よ
 大洋の外周に沿って歩き
 空想の海図を描け
 その途上で拾いあつめたふぞろいな小石を
 ただしい順序でならべよ
 左から七番目 右から十五番目
 世界を円形に近似せよ

地図のなかに世界があったが
世界はいつも地図のそとにあった
私は地図に描かれていない世界をもとめたが
それは地図を少しばかり拡げただけだった

影はいつも月を引き連れてくる
針葉樹の列は天の川と並行して走り
丘には年中あじさいの花が咲いている
ふり向けばそこに
黒い森が横たわっている。
私には
道のないところに
廃道を見い出すだけの
想像力がひつようだ。

ふいに
左手に花束をにぎっている
そんな気がした。
私を吹き抜けていく数々の情景
私は記憶によって生かされている
けれど
記憶のために生きているわけではない

午後
火打石のような記憶が
私のなかで弓をぎりりと引き絞り
そしてそれは
驟雨のなかに次の列車をみとめるまで
つづくのだろう。

私を置き去りにしてはじまった
その緊張をたずさえ
まだ見ぬ北の森へ向かって
目を、とじるのだ。

2017/06/17