2020/06/04

はるか西の高原には、くちびる草だけが咲く丘があり、そこでは名前をうしなった小鳥たちが鳴いている。そこで何を見たか、君はおぼえているか。あるいはそこで私が何を見るはずだったか知っているか。たましいのない暗闇だけが明かされた敵ではないことに注意せよ。

夜半すぎの青色の散歩道は、どこまで進んでも青色のままであり、夜が明けるために必要なのは、森の奥にある遺跡に吹く風である。古びた風である。君はいまからそこへ行くことになっていて、遺跡の中にある墓のような空白に、今朝方摘んだ一輪のくちびる草をたむけなければならない。心配はいらない。遺跡の中に雨は降らない。

街の鳴き声が聞こえるか。
山向こうの地響きが聞こえるか。
夜半すぎからつづくはげしい雨の中にあっても、君は雨音の中に街の声を見出さねばならぬ。

南天。逸脱した航路の先であおい電信柱の群れが空を飛ぶ夜があったっていい。
夜が明ける前にこの雨は止み、君はたましいを取り戻す。そういう手はずになっている。
すべてが上手くいく。そういう手はずになっている。