海食崖

あなたの喉元に降りかかるそれは
決して綿雪などではなく
何もない海食崖
ただ正視をつづけるわたしたちの
声が消え尽きてしまう地点から
西日が低く落としている眦
その海岸線に沿ってたくさんの
過去を持たぬ生き物が
歩いている
その目のいろ
あれはわたしの目だ、と思った

あなたの耕していった
なだらかな果樹林を抜けるとき
おなじ歩幅で
あるいはおなじ文法で
昨季降らなかったぶんの雨が 沈殿する
ここ数日のねむりの浅さを
誰のせいにもしてはいない
ただ
わたしとあなたの感情の多くは
駆け去ってしまったであろう今でも
あの何もない海食崖に立っていて
西日が低く落としている眦
あれは誰の火でもない
誰の火でもないのだが
ゆっくりと退いてゆく方角には
まだ名前がない

ふいにあなたの鳩尾から引き出されていく
なつかしい長雨の系列が
もう一度わたしのまえに
わたしたちのまえに
海岸線を引き直す