平熱

旅をしていたことがあったと思う
生乾きのサバンナ
を遊泳している裸眼で
禁足地をあらう雨
をはるかに見やる
花見へ急ぐ
ひとびとを抜ける
ときに感ずる身熱の橋を
わたり奥歯のひかりとする
ひとびとに告げて回る
ここより先は、ここより先は
陸橋の崩れる音がして
わたしたちの平熱を
かえしてほしい

すずな
すずしろ
三月のままで
ねむることができないのは
わたしたちのうつくしい怠慢
あるいは密約
それもかどわかされた――
雨の四つ辻で
誰何される者の
肩口に咲く花の
閉じるまでの遊水を
言わない
もう言わない
すずな
すずしろ
見よ
白灯台が傾いでいる

おみなえし
丘のみどりに
菜を摘む背中を
するすると立ちのぼる白煙が
わたしの記憶を
わたしたちの記憶を
うばってゆく
ゆるさない
大丈夫
それは
わたしたちのもとへ
かえってくるものだから
ゆるさなくていい

色彩の問題をなでているだけで
昼食を終えていると思った
静物画のなかに影が濡れている
陽光をたたえる窓のそとでは
花見へ往くひとびとがすれちがい
すずな、すずしろ
と告げて回ったが
誰も振り返らない
すずな、すずしろ
すずな、すずしろ
ここより先は
わたしたちの平熱を
かえしてほしい