石井妙子『女帝 小池百合子』について ~コロナ禍での都議選に寄せて~
◇ やはり女帝は「持ってる」のだった ◇
東京都都議会議員選挙が終わった。
コロナ禍のディストピア日本において、首都東京が変わることは一つの希望となる。
だから私は願った。
都民ではないけれど、まずは東京に一人でも多くまっとうな議員が誕生することを。
結果への感想としては、全体を通してみれば残念寄り。
だが、個人的に応援していた候補者たちの熱い演説動画をここ連日見続けていたため、その余熱がまだまだ胸に残っている。
ゆえに、ただ「残念」と嘆くだけでは申し訳ない。
日本の有様を散々嘆きながらも、何も出来ないでいる自分を歯がゆく、そして情けなく思い続けていたので、こうして身を賭して頑張ってくれている人々がいることに心から感謝している。
そしてここに希望を見出している。
だから、残念ながら落選してしまった候補者もおられるが、私個人としては、この都議選ウォッチの時間が心底有意義だったと感じている。
ありがとうと言って、次期衆院選での活躍を願いたい。
それはそうと。
今回の都議選の結果を見て、
微妙に嬉しかったのは、「自公過半数ならず」という結果。
微妙に悔しかったのは、「都ファ惨敗免れる」という結果。
都民ファーストの会。
都民のことを何より一番に考える集団。
のはず。
なのに反対しないのね、東京五輪に。
おかしいな。
都民ファーストのドンと言えば、言わずもがなの小池百合子東京都知事。
本来なら、現職都知事でもあって、さらに都民ファーストという理念を掲げているのだから、まずはどの政党よりも、どの政治家よりも、とにかく何が何でも真っ先に東京五輪に反対しなければいけない立場ではないのか。
おかしいな。
それはそうと。
今回の都議選では、あまり彼女の姿を見かけなかった。
小池氏の人気と華と影響力を考えれば、積極的に都ファの応援に入り票集めに奔走してしかるべきだったろうに。
しかし、それが出来なかったのだ。
なぜなら彼女は、過労で入院してしまったから。
確かにこの長引くコロナ禍で東京都知事という責務を果たすのは、この上ないストレスだろうし、それに加えて東京で五輪が開かれるんだから、それはそれは激務だっただろう。
お察しする。
おそらくご本人もさぞ不本意であったろうし、出来れば仲間を応援したい気持ちでいっぱいだったろうとも思う。
お察しする。
がしかし、どんなピンチもチャンスに変えるのが、小池百合子という女性。
彼女が入院したことによって、なんと都ファに同情票が集まったという噂。
また、最後の最後で「倒れても本望」と言って、まさに倒れそうになりながら会見を行ったことも支持を高めた理由だと言われている。
多くの惨敗予想に反して、都ファは怒濤の巻き返し。
もちろん、同情票による効果か否か本当のところはわからないし、まして、そんな現象が起こることを意図して小池都知事が入院したなんて、そんなわけ、あるわけない、と私は断じて思っている。
これも周到な戦略だなんて、そんなこと、1ミリも思っていない。
はい。
まあ、いずれにせよ、これが「女帝」の実力だと言わざるを得ない。
この「持ってる」感は、リスペクトにも値する。
なので、ここであらためて昨年の都知事選直前に発売され、一気読みしてしまった『女帝 小池百合子』を振り返ってみた。
それにしても、色々な意味で、学ぶところの多い人物である。
人としても。
そして女性としても。
◇ やるやる詐欺のトップランナー ◇
昨年三月の国会だったか、安倍元首相に対して「鯛は頭から腐る」と野党議員から批判の声が上がったが、それはまったくその通りで、国の頂が腐れば裾野も腐る。
今や閣僚から西や東の首長まで「やるやる詐欺」や「やってます詐欺」が横行。
しかも、詐欺であることを隠そうともしない。
失敗を取り繕おうともしない。
むしろ「責任なんて取るものじゃない」が、前首相発言によりトレンド(?)になって以降、詐欺とバレても平気の平左。
今だって、五輪にしろ、ワクチンにしろ、あらゆる方面で「やります」「やってます」の嘘がバレまくっているのに、本当に誰も責任を取らないことも驚きだし、いつの間にか許されてしまっている雰囲気があるのも許せない。
そして、この本のヒロインである小池百合子氏もまた「やるやる詐欺」の常習犯であることを忘れてはならない。
まず彼女は、東京都民のために「7つのゼロ」の公約を掲げて、最初の都知事選で当選を果たしたのだ。
しかしながら四年の任期を終えりゃ「公約達成ゼロ」という笑えないオチ。
7つもあって、四年もやって、ゼロって凄くない?
にも関わらず、しれっと秒で再選。
そういうとこが、彼女のやっぱり凄いところなのだけれど。
そう言えば、去年の都知事選の戦略も凄かった。
他の立候補者らが、コロナ禍でも創意工夫を凝らして必死にドブ板選挙合戦を繰り広げる中、まったくの引きこもりを決め込んでいた。
せめて、正義の「セ」の一文字でも都民の前に出て語れよと思うが「密ですから、ディスタンス」とばかりに都民との心の距離も縮めずリモート選挙。
恒例のテレビ討論さえ拒否。
本当に彼女が都民に伝えたかったことは、
「皆さんは、おウチにいてください。投票なんて、行かなくて良いんですからね」
ってことだったのだ。(推測)
投票率が低ければ低いほど、彼女がそれまでに築いてきた組織票、固定票は生きるのだから。(推測)
やはり並の人間に出来ることじゃない。
それなりに賢くなければ立ち回れないし、タフな精神と勇気も必要。
彼女は政治家になって以降、いやそれ以前からでもあるが、とにかく華やかで高級な地位を獲得するために、すべてのエネルギーを根回しと戦略に使ってきたと言ってもいい。
もちろん、そんな彼女の根回しと戦略の歴史は、今回のテーマである石井妙子氏のノンフィクション『女帝・小池百合子』にて知ったのだが。
そういえば、ちょうど都知事選に突入する直前に出版されたというタイミングも相まって、去年のその時期、本書の内容のディープインパクトは世間に波紋を広げたものだった。
◇ ド真ん中のちょっと横で輝く ◇
本書では、主に小池百合子氏の表立った「物語」についての検証が行われている。
「物語」とは、メディアなどで語られる小池氏の経歴、そして自身が著書などで語る自分史のことだ。
そして多くの人は、今まで概ねこの「物語」を参考にして小池氏の存在を評価してきたことと思う。
おそらく彼女に対して深い興味を抱かなかった人にほど、この「物語」の効果は有効だったはず。
それは私自身にも当てはまる。
だいたい、良くも悪くも彼女に対して特に興味を持っていない人は、一番外側で語られている情報以上のものは欲しない。
だから、本書の目次で最初に目に入る文言「平成の華」とは、なるほど小池氏をザックリ表現するに言い得て妙だと私は感じた。
テレビのキャスターから政界入りし、環境大臣、防衛大臣等といった内閣主要ポストを務めあげ、その後、女性初の東京都知事として鳴り物入りで当選。
常に陽の当たる場所で、実に華やかに平成という時代を駆け抜けたやり手の女性、それが小池百合子氏のイメージだった。
彼女自身が世間に知らしめたかった「物語」に、私もまんまと乗せられていたわけである。
ただし一点、彼女が出世の切り札にしていたという「カイロ大主席で卒業」という経歴には、実はこの本を読むまで特に注目をしていなかった。
確かに、折に触れて「詐称」疑惑が持ち上がっていたような気がする。
が、そもそもカイロ大という存在そのものにまるでピンと来ていなかったから、その都度興味も半端なところで途絶えていたのだろう。
これが、東大とかハーバードとか、大学に詳しくない人でも聞き覚えのある「ザ・名門」だったら話は違っただろうが。
しかし今にして思えば、このピンとこない「カイロ大」感って、まさに小池氏っぽいのである。
絶妙にメインを避けることで、リスクを軽減してきたような感じ。
むろん、メインロードは常に横目で見ているけれど、ギリギリのところで真ん中までは立ち入らない。
ちょっとズレた位置をキープし、真ん中が戦場となった時の決定的ダメージを避ける。
そしてドンパチが始まったら、自分に攻撃が向く前にさっと身を翻して安全地帯に逃げ込む。
背後で味方が撃たれて死に絶えようが、絶対に振り向かない。
しかも、それまでの居場所を切って捨てて次に飛び込んだ先が、時には昨日までの敵陣営だったりもする。
考えてみれば、前回の都知事選の時だってそう。
他の候補との真っ向勝負は極力避ける。
票はある程度確保出来ているのだから、討論会や街頭演説なんて主戦場にわざわざ自ら赴いて、他候補(特に山本太郎氏)や聴衆などに鋭い言葉でズドンと撃たれに行くことはない。
それどころか、コロナ禍ということで「リモート」なんていう防弾チョッキがあるのだから都合が良い。
ガッツリ着込んで、選挙中でもステイホーム。
◇ 彼女のサイドロードストーリー ◇
この「ド真ん中のちょっと横で輝く」というのは、この本を読む限り、小池氏の貫くメインスタイルなのだろうと考える。
先にも述べたエジプトのカイロ大学への留学も、アメリカやイギリスといったメジャーな留学先のちょっと「横」にあるチョイスだし、本人も「希少価値」を意識してあえてそうしたのだと認めているらしい。
その後、彼女は竹村健一氏という政治評論家の「横」でアシスタントを務め、次にテレビ東京というメインのちょっと「横」に位置するテレビ局の番組『ワールドビジネスサテライト』にてキャスターを務める。
一般的に言えば非常に華やかな経歴だが、やはりどのルートにおいても「ちょっと横」感は否めない。
やがて政界入りを果たすのだが、そこからの「ド真ん中のちょっと横」作戦は、なかなか目を見張るものがある。
彼女の政界サクセスストーリーは、1992年に日本新党を立ち上げた細川護熙氏の「横」をまずキープすることから始まる。
新党を立ち上げたばかりの細川氏にとりあえずガッツリ取り入り、比例二位をゲットして見事政界入りを果たす小池氏。
それだけでなく、小池氏が政界入りして一年足らずで細川政権が誕生するのだから、彼女の立ち回りはこの上なく優秀である。
その当時、小池氏自身が自分のことを「政界のチアリーダー」と呼んでいたらしい。
まさに「ド真ん中のちょっと横」の立場をご自身で上手に言い表している。
しかし細川政権が終わり、日本新党が野党になると、今度は野党のリーダー的立場にあった小沢一郎氏に狙いを定める。
さすがに周囲の失笑をかう小池氏だが、そんな雑音は華麗にスルーするのが彼女流。
やがて新進党が生まれ、諸々ゴタゴタありつつも、その流れの中で党首となった小沢氏の「横」を見事ゲット。
そうと決まれば、「細川さんの役割はもう終わった」などと堂々発言。
こんな風に過去をスパンッと断ち切る潔さも「女だねぇ」と唸らせる。
その後、小沢氏は新進党を解党。
新しく立ち上げた自由党でも小沢氏の「横」は譲らず、その後、自自公政権が発足されるに至り、小池氏も再び与党議員として返り咲く。
先読みの的確さは、こんなところでも発揮された。
しばらくは、小沢氏の「横」で「姐さん」的役割に徹したという。
そう、小沢氏がヤクザの世界でいう親分だとすれば、その「横」につくのは「姐さん」だ。
小池氏本人も、周囲の人間に「姐さん」扱いされることを好んでいたらしい。
しかし、小沢氏率いる自由党が連立から離脱するにあたり、小池氏は親分の「姐さん」役をサラリとやめる。
そして、同じく小沢氏から反旗を翻した自由党員によって結成された保守党に居場所を定め、保守党は自民党と連立を組む。
諸々あって、やがて自民党が力を回復しつつある中、保守党は解党。
新たに保守新党が結成されたが、そこに小池氏の名はない。
なんとここでまた過去の縁にスパンッと見切りをつけて、自民党に入党するのだ。
なぜならそこに小泉純一郎氏がいたから。
今まで以上に注目度の高い総理大臣だったからこそ、何が何でも彼の「横」はゲットしたい。
それまでは、ある意味、反自民を売りにしてきた小池氏。
当然のように小泉氏や自民党を痛烈に批判していたにも関わらず、小泉氏にこれでもかというほど眩しくスポットライトが当たり始めたところで、軽やかに自民党に寝返るこの反射神経よ。
しかも勘所はバッチリだ。
何せ、小泉氏「横」を獲得するために自民党入りしてすぐ、環境大臣の座まで手に入れるのだから。
このようにして小池百合子氏は、細川→小沢→小泉といったメインロードの「横」で「チアリーダー」とか「姐さん」とか呼ばれながら、彼らの光の輪の中にちゃっかり入り込み、自らをも輝かせてきたのだ。
決して彼女自身の内側から発せられている光ではなくても、外目に輝いているように見えればそれでいい。
◇ 感謝よりも賞賛を、感謝するなら見返りを ◇
私は正直、本書に綴られている小池氏の悪しき発言や行動、嘘の数々それ自体については、さほど驚きも衝撃も感じなかった。
確かになかなかの悪女ぶりだが、それでも、こういう人だって別にいてもいいんじゃないってくらいのレベルである。
というか、女であることをこれほど絶妙な加減で武器にできる手腕は、同性から見てもなかなかあっぱれだ。
まあ、ここに描かれているエピソードだけ見れば、このテの野心家女性の「あるある」でもあるし。
おそらく誰でも過去を振り返れば、「似てるな」と思い出される鼻持ちならない女性が一人や二人いるのではないだろうか。
ゆえに、帯にある「怪物か?」は、少し大げさな気もする。
ただし、忘れてはならない。
これが大企業とかのキャリアウーマンのサクセスストーリーなら、何も問題は無いのである。
しかし彼女は違う。
しょせん野心家女性の「あるある」程度だったとしても、本書が発売された理由の根幹に立ち戻れば、単に「よくある話」では済まされない。
つまり彼女が、現職の東京都知事であることが大問題なのだ。
この一人の女性の判断一つで、人の命だって左右されかねない。
おそらくそこにこそ本書の最大の衝撃がある。
小池百合子氏は、「政治家」という立場目当てで政治家になった人なのだと私は思う。
では政治によって国民の生活を救うことに情熱があったのかと言えば、どうだろう。
「政治を行っている強者である凄い自分」を人々にアピールすることには熱心なようだが、自分の行う政治で人々を救いたいという情熱は、ぶっちゃけほぼ見受けられない。
彼女は、人一倍「他人から見える自分」にこだわってきた。
だからこそ「ド真ん中のちょっと横」でお零れの光をちょうだいすることで、必死に輝き続けようとしたのだ。
ミニスカにこだわり、メイクにこだわり、立ち振る舞いのエレガントさにこだわり、どの政治家よりも、文字通りまずは「見た目」にこだわった。
その一方で、嘘がバレることに怯えながら。
嘘を隠すために嘘を上塗りしながら。
でも私は、そういう人間を決して否定はしない。
なぜなら、他者の目に映る自分を気にする人は、たとえ根が悪人でも善人になる可能性があるから。
心の内がどうあれ、外側に見えている自分の「イメージ」を気にして善い行いをしてくれれば、それは紛れもなく善人の行いであるので、それで万事オーケーだと思っている。
善い人に見られたいと思って善行に勤しむなら、根っからの善人でなくても良いということだ。
だが残念なことに小池百合子氏は、私が望む政治家の形とはまったく違う方向性での「イメージ」を大切にしているようだ。
どうやら彼女は、「凄い!」とか「素敵!」とは思われたいようだが、別に「ありがとう」と言われて感謝されたい人ではないらしい。
いや、もちろん「ありがとう」も嫌いではないだろうが、その言葉に続く具体的な見返りが無ければ、彼女にとって感謝など無意味なのだろう。
感謝より賞賛を。
感謝するなら見返りを。
それが彼女の生きる道。
小池氏だけではない。
現政権与党議員、特に上に行けばいくほど、こんなマインドが蔓延しているように思える。
誰も彼も、お礼品のない純粋な感謝にはまるで興味がないようだ。
だから下級国民には冷たい。
一方で、タンマリ見返りが見込める上級国民には、ルール違反を犯してでも尽くすという献身ぶり。
また菅首相にせよ小池都知事にせよ、とにかく彼らは、敬われ、崇められたいという願望が強いように見える。
確かに、凄いと言われ、憧れの対象になりたいという欲求を理解出来ないわけじゃない。
が、凄いと言われた先に何を望むのかが問題だ。
彼らは凄いと言われ、憧れられた後、「我々は君達とは違うからね」と一段高いところから下界を見下ろすことに、安心と幸福を見出しているように感じるのだ。
だから、差別もなくさない。
否、むしろ差別あっての彼らの幸せ。
「みんな平等に幸せなんて許せない」とばかりに優生思想を振りかざし、自分こそ選ばれし人間だ、という根拠を示すことに余念が無い。
そんな小池氏が憧れていたというマーガレット・サッチャー。
美しく、気高く、エレガントでありながら、周囲の男達を問答無用でかしずかせる鉄の女。
いかにも小池氏好みの「女帝」である。
彼女などは、まさしく弱者に厳しく、富裕層に優しい利益優先の政治家であり、軒並み民営化を推し進めながらサッチャリズムなる新自由主義を貫いた女性である。
鉄の女マギーは、けっして国民を甘やかさない。
「みんな自立すべきなんです!」と叫び、政府に頼らない国民こそ正義とした。
そして小池氏もまた、このコロナ禍で人がバタバタ倒れているというのに「自粛の次は自衛」などと言って、東京都の豊かな財源を人々を救うために使おうとはせず、五輪強行にも反対せず、都民ファーストを掲げておいて「都民を甘やかしません!」という気概いっぱいにスパルタ教育。
確かに志は明白である。
いずれにせよ、凄いと言われる人物だけに価値を見出せば、自分も凄いと言われなければ不安だろう。
そして、自分が人に助けられることに感謝できなければ、感謝されることにも価値は見いだせまい。
ここに根本的な価値観の相違がある以上、やはり現政権、現都知事には、我々庶民が望む温かい政治は期待出来ない。
せめて「凄い人に見られたい人」じゃなく「善い人に見られたい人」に、次の首相や知事になってもらいたいものだ。
我々から吸い上げた税金で生きているくせに、何かと言えば「自己責任だ」と弱者を切り捨てるような新自由主義者たちが権力を握って久しい日本国。
弱者は淘汰されて当然だと思っている、暫定強者のなんと多いことよ。
だけど、未来に何が起こるかわからないのに、この人達に「明日は我が身」という危機感はないのだろうか。
決して正攻法で勝ち上がってきたわけではなく、むしろ狡猾さを武器にのし上がってきたくせに、いつまでも強者でいられるというその自信は、一体どこからくるのだろう。
何かが根本的に間違っている。
かと言って、私のようにいつまでも貧困から抜け出せない、完全に弱者枠のしがないロスジェネの民に一体何が出来るのだろうか。
とりあえず、皆さんに『女帝 小池百合子』をすすめてみる。
我々が今、一体どんな人たちに支配されているのか、一人でも多くの人に気づいてもらいたい。
どうやら彼女は都知事に飽き足らず、次期首相を狙っているそうな。
ついに長年歩み続けたサイドロードから、超ド級のメインロードへと華々しく躍り出ようとしているのだろうか。
東京アラートならぬ、日本アラートが今日も鳴りやまない。
(END)
【内容】
※以下、Amazon作品紹介より引用
コロナに脅かされる首都・東京の命運を担う政治家・小池百合子。
女性初の都知事であり、次の総理候補との呼び声も高い。
しかし、われわれは、彼女のことをどれだけ知っているのだろうか。
「芦屋令嬢」育ち、謎多きカイロ時代、キャスターから政治の道へーー
常に「風」を巻き起こしながら、権力の頂点を目指す彼女。
今まで明かされることのなかったその数奇な半生を、四年の歳月を費やした綿密な取材のもと描き切る。
〔目次より〕
序章 平成の華
第一章 「芦屋令嬢」
第二章 カイロ大学への留学
第三章 虚飾の階段
第四章 政界のチアリーダー
第五章 大臣の椅子
第六章 復讐
第七章 イカロスの翼
終章 小池百合子という深淵
『女帝 小池百合子』
著者:石井 妙子
発売日:2020/05/29
出版社: 文藝春秋
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