メモを書いた時の気持ちが行方不明になりました。
普段からなかなか理解してもらえないような破綻した文章をnoteには投稿していますが、今日はそれに輪をかけて支離滅裂な文章になりそうな予感がしています。
駄文には付き合いきれないという方はここで是非離脱してほしいと思います。
暇だしちょっと付き合ってみるかという特異な方がどれほどいるかわかりませんが、お付き合いいただける方、ありがとうございます。
なぜこのような入りになってしまったかというと、先日とある保育園に行った時の気づきをnoteに投稿しようと思いメモ程度を下書きに保存していたのですが、それから2週間ほど経ち、何が言いたかったのかの大部分を忘れるという失態を犯してしまいました。
そこで今日はそのメモをもとにどんなことが言いたかったのかを推理しながら書いていきたいと思います。
▼▼メモの内容はこちら▼▼
モンテッソーリ教育とコーチング
U理論的コミュニケーション
ラグビーの精神
先日お邪魔した保育園では、モンテッソーリ教育を取り入れた保育を行っていました。最近テレビで取り上げられていたので興味があり園長先生に色々聞いていたのですが、非常に面白かったです。
園長先生によると、お仕事の時間には子供たちの興味関心の中から活動内容を決めていくそうで、園の先生たちは子供たち一人ひとりをしっかりと観察しているそうです。※モンテッソーリ教育では活動のことをお仕事と呼ぶそうです。
そこで色々と話を伺っていく中でまず感じたことは、モンテッソーリ教育とコーチングはとても似ているなという点でした。どちらも相手の言葉に耳を傾け、相手をしっかりと観察して内側から湧き出る答えを引き出すようなアプローチが一般的に取られているように思います。
また、子供たちがやりたいことを子供たち自身でできるようにどのようなサポートをするかという点でもコーチングと似ている気がします。
園長先生は例として、自分で靴を履く場面をあげて説明してくれました。
自分で靴を履きたい子供がいたとして、マジックテープを外すことはできない場合、マジックテープを緩めた状態で子供の前に出してあげるそうです。そうすると自分で靴の中に足を入れることができる。慣れてくると自分でテープを締めることができるかもしれない。もっというと自分でテープを外すことができるようになるかもしれない。そういった小さな成功体験を積み重ねる手助けがここにはあるんだなと感じました。
園長先生は話してませんでしたが、もしかするとここでは失敗も是とする雰囲気があるのかもしれないと感じました。失敗しても次上手にできればOKという雰囲気です。失敗という言葉をそもそも使わないのかもしれないとも思ったりします。
2点目のU理論的コミュニケーションというのは、何を考えていたのでしょうか。
この辺から何を考えていたのかかなり怪しくなってくるところです。
ただU理論ではコミュニケーションやその”場”の質を高めるために、保留して観察したり、他人の目で感じ取ったりしながら、思いこみや勝手な評価、皮肉やあきらめなどを取りさらいコミュニケーションをとることを大切にしているのでそういった点が、非常に近いと感じたのではないかなと思います。
さてさて、最後のラグビーの精神とは何を言いたかったのでしょうか。
ラグビーにはスポーツとしての面白さ以外にも、その背景にある文化的なところにたくさん面白さがあります。一般的に知られているものだと、one for all all for oneやノーサイドなどがありますね。それ以外にも他のスポーツと違い監督がプレー中にベンチから指示を出さなかったり、ルールを自ら守ろうとするなどプレー以外の面も素晴らしいんですが、ここで僕が何を思ったかはさっぱり思い出せません。
メモをしたときはこれはなかなか面白いことだ!と嬉々としてメモをしたように思うんですが、いやはや記憶というものは儚いですね。
また思い出した時に改めてまとめたいと思いますし、次は忘れる前にしっかりまとめたいと思います。
いやはや何を言いたかったんだろうか。。。何が言いたかったんだろうか。。。
すいません。思い出せないです。
それでは今日はこの辺で。失礼します。