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太陽は沈まない

その夏、東京のアパートから実家に戻った私は、運転免許を取るべく教習所に通っていた。
同じように夏休みを利用して、故郷で免許を取ろうと集まった同級生と、毎日楽しく教習を受け、夜は街に繰り出して飲んで、古臭い言い方をすれば、青春の真っ只中を過ごしていた。

それは仮免許試験が行われた日のことだった。
無事に試験をパスして、仮免許証を両親に見せびらかし、夕飯後、父と何気なくテレビを観ていた時、速報が流れた。
【JAL123便 東京発大阪行きがレーダーから消えました】

「これって……墜落したってこと?」
「墜落だね」
父は、簡潔に答えた。

この夜も約束があり、同級生が経営するスナックに、いつものメンバーが顔を揃えた。
そこに、微かに記憶はあるけれど、見慣れぬ顔があって、聞くと、小学校時代、転校していった男子だった。ゲゲゲの鬼太郎っぽいもさっとした髪の子だったのに、こざっぱりとオシャレな青年になって、かわいい彼女まで連れていた。
「久しぶりだねー」
「今、どうしてるの?」
近況報告をしているところに、遅れてきた友人が言った。
「大変! JALの飛行機が墜ちた」

翌朝、ニュース番組で観た事故現場には、歴史的悲劇の主犯を世界に知らしめるかのように、JALの文字が折れた翼の上で、虚しく揺らめいていた。

事故の遺族でもなければ、知り合いが犠牲になったわけでもない。
当時はまだ、飛行機に乗った経験もない、私は、ただの田舎の小娘だった。

若かった時代の、ごくごく普通の一日を、ここまではっきりと覚えているほど、この事故は衝撃的だった。

事故からだいぶ経って、山崎豊子さんの「沈まぬ太陽」を読んだ。

あれは起こるべくして起こった事故なんじゃないか。
そうとしか思えない、巨大組織の闇とそこに取り込まれたた人間の醜さ、そして一筋の正義が、圧倒的な筆力で描かれている。

事故から39年。
今年も、亡くなられた方々の冥福を祈らずにはいられない。

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