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Tシャツでめぐる旅 #04 ハワイ ~いとしのデュークス~

私は春夏秋冬、ビールを飲んでいる。たとえ深々と雪が降り続ける夜であっても、こたつでぬくぬくしながら冷たいビールを喉に流し込んでいる。

要はビールさえあれば、場所も気温も関係ない。

そんな私にも、「ここで飲むビールが最高!」と思うシチュエーションがある。

ワイキキ、カラカウア通りのアウトリガー・ホテル1階にある「デュークス・カヌー・クラブ(以下、デュークス)」は、これまでに訪れた海外のレストラン、カフェそしてバーの中で、私が一番好きな店である。

レストランの方ではなく、もっぱら席案内のないベアフット・バーを利用する。その名の通り、ここはビーチから直接入って飲み食いできる。レストランの朝食バッフェは日本人にも人気だけれど、ベアフット・バーで日本人の姿を見かけたことは一度もない。ワイキキのど真ん中で日本人に一人も出会わないなんて、ほとんど奇跡に近い。

初めてこの店を見つけたのは、たしか人生二度目のハワイ訪問の時だったと思う。亭主と二人、ワイキキ・ビーチに寝転んでいると、突然雨が降り出した。水辺で遊んでいた子供たち、日焼けに勤しんでいた若者たち、皆、ビーチマットを片付けて、三々五々、散っていく。私たちも急いで帰り支度をしたけれど、ホテルに引き上げるにはまだ早い時間。

「雨宿りがてらに、ちょっと飲んでから帰ろうか」

どちらからともなくそう言って、雨に追い立てられるように駆け込んだ場所が、デュークスだった。

ひとつだけ空いていた二人掛けのテーブル席に座り、サーバー(日本でいうウェイトレスさん)にコロナ・ビールを注文する。

「IDを見せて」

今でこそ聞かれることはないけれど、三十代前半までは、アメリカでお酒を買おうとすると、必ず身分証明の提示を求められた。こういうこともあろうかと、持参していたパスポートのコピーを見せて、ようやく冷たいビールにありつけた。

ありつきすぎた。

サーバーのお姉さんが飽きれるくらい、二人で飲みまくった。自然、お姉さんとも仲良くなって、Donnaという名前であることも聞いた。

やがて雨は本格的なスコールとなり、次々とゲストが入ってくると、店内はたちまち混雑し、陽気なアメリカンがカウンター席を二重、三重と取り囲んでグラスを合わせ始める。

しばらくすると、ウクレレを手にしたロコの男たちがやってきて、店内の中央に椅子を置く。そして、セッションが始まった。

コロナ・ビールを飲みながら、心地良いリズムに耳を傾ける。雨の音とハワイアンソングは、なぜこんなにも合うのだろう。
ああ、私は今、南国にいるのだ。太陽が姿を隠し、青空が見えくても、ここは熱帯、ハワイなのだ。こんな気持ちになれるのなら、スコールも悪くない。

翌日から帰国するまで、私たちは毎日デュークスに通いつめ、何十本ものコロナ・ビールを空にし、店のロゴが入ったT シャツをたくさん買って、ハワイを後にした。

亭主のTシャツ。ヨレヨレ……

翌年、結婚式を挙げるためにハワイを訪れた私と亭主は、到着してすぐにデュークスに向かう。

Donnaが私たちを見つけて言った。

「2 Coronas?」

やっぱり、ここで飲むコロナ・ビールは格別だ。何故かと聞かれても、上手い言葉が見つからない。ただそこにビールがあって、目の前にワイキキ・ビーチが広がっているから、としか言いようがない。

しばらくハワイに行かない期間があった。少し前、十数年ぶりに訪れる機会があり、デュークスへ行ってみたけれど、もうDonnaの姿はなかった。お気に入りだったワッフル型のフレンチ・フライもメニューから消えていた。

それでも、ここで過ごすひとときは格別。

テーブルには冷えたコロナ・ビールが置かれ、目の前には、昔と変わらぬ、賑やかなワイキキ・ビーチが広がっている。ハワイに行くたびに、これからも訪れるだろう。

ちなみに、DUKESのロゴが入ったTシャツを着ている人物を、日本で見かけたことは、一度もない。

私のTシャツ。これもヨレヨレ


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