阿津川辰海著『蒼海館の殺人』
久しぶりにゆっくり読書をしました。
ここのところ推しているアイドルがやたら忙しく(実は継続的に今も忙しい)、毎日のようにテレビだのラジオだのと追いかけきれない有り様だったので、ようやく少し落ち着いたところで1冊手に取った次第です。
阿津川辰海著 『蒼海館の殺人』。
シリーズ2作目にあたり、前作『紅蓮館の殺人』結構前に読了していました。
実のところ、前作を読んだ際のわたしの中での評価はあまり高いものではなかったんですよね。
このシリーズにはおそらく一貫したテーマがあると思われるのですが、そこにあまり力を感じなかったからです。
果たして2作目はどうなるのか。
以下ネタバレになる可能性があるため、未読の方はご注意願います。
1. あらすじ
前作『紅蓮館の殺人』の後、不登校になっていた探偵の葛城輝義に会うため、語り手である『僕』=田所信哉は友人の三谷緑郎を伴ってY村にある葛城家『青海館』を訪れます。
そこでまさに華麗なる一族である葛城一家に迎え入れられますが、苛烈な台風が襲いかかる中、青海館の離れにおいて最初の死体が発見される―
その後、水位30メートルほど下にある河川が決壊し、大洪水が高台の青海館に迫り来る中で事件は連続殺人に発展します。
しかし探偵である葛城は紅蓮館の事件以降探偵としての存在意義を見失っており、頑なに心を閉ざしています。なんとかして葛城を蘇らせたい田所は―
青海館が水没する時が刻一刻と迫る中、果たして葛城は再び探偵としてその力を発揮することができるのか、そして全ての事件の真相とは。
2. クローズドサークル
これは所謂クローズドサークルものです。
雪の山荘、嵐の孤島などが典型ですが、最近では『屍人荘の殺人』(今村昌弘著)のように、クローズドサークルが出来上がるプロセスの部分に面白いアイディアを加えてくる作品も増えた気がしますね。
『蒼海館の殺人』は台風と洪水という自然災害によるクローズドサークルであり、真相を解明できるかどうかを待つまでもなく全員の命が失われるまでのタイムリミットが設けられています。
それは各章において【館まで水位〇〇メートル】という形で表現され、来るべき時が迫る焦燥感を煽るような形になっているのもまた面白い点でした。
最近はトリックが出し尽くされた感がある中で(無論、様々な応用がなされてはいるわけですが)、こうした部分に手を加えることがこの先ひとつのトレンドになるのかもしれません。
3. 鮮やかな真相解明
詳細は省きますが、あることをきっかけにして葛城は探偵であることの意味を見出し、事件を鮮やかに解決してみせます。
ある程度ミステリを読み慣れている方であれば、真犯人の正体は途中でなんとなく察することが可能だと思いますし、事実、わたしも薄々察してはいました。
解決編は2段階構成になっており、所謂どんでん返しもきちんと用意されていますが、それを待つまでもなく『おそらくは』と。
わたしは本格ミステリを読む際にはハウダニット(犯行はどのようにして行われたか)、フーダニット(誰が犯行を行ったか)の順に重視をする人間ですが、『蒼海館の殺人』はこの2つにおいて非常に秀逸な出来になっており、これまで抱いていた作者さんに対する評価を覆すには充分なものがありました。
ツッコミどころが無かったとは言いませんが、そこも犯人の性格とリンクさせて上手く説明をつけていたと思います。
少なくともわたしはそれに納得しましたし。
非常に緻密に計算された謎解きを一気に読む快感。
本格ミステリの醍醐味ですよね。
4. 少しだけ気になったこと
先ほど、『あることをきっかけにして葛城は探偵であることの意味を見出し』と書きました。
わたしが唯一はてなマークをつける点があるとすればここではないかと思います。
まだ2作目ではありますが、本シリーズは現段階においておそらく『探偵とは何か』という大きなテーマを底に置いて書かれているものです。
前作『紅蓮館の殺人』で葛城はそれを見失い、今作においてはそこにひとつの答えが提示されています。
ただ、そのきっかけとなるキーワードはすぐに分かってしまい、且つ、探偵役の葛城が高校生であることに鑑みてその視点で見た場合にはひとつの回答になり得ると思わないこともなかったのですが、読者に対して提示する回答としては説得力が弱い。
少なくともわたしは腹落ちしなかったんですね。
この先シリーズが続くのであれば答えは変わってくるのかもしれませんが、『あ、それで立ち直っちゃうの?』と少々肩透かしを食らった感は否めません。
5. おわりに
とはいえ、先程も書いたように、本書が秀逸なフーダニット、ハウダニットものであるというわたしの個人的評価は変わりません。
読んで損は無いと考えます。
本書は『紅蓮館の殺人』と物語が続いていますので、可能であれば前作を先に読むことをお勧めしますが、本作だけでも充分に楽しめることと思います。