春までは
私の父は89歳。
3年前の春から介護施設にお世話になっていた。認知症が進行し、私の仕事中、家に独りで置くことに危険が伴ってきたからだ。
一緒に暮らしていた頃は、見えている世界が違うのでまるで話が噛み合わず、お金や物を誰かに盗られたとか、高い所から落ちて骨折したとか、その度に父を大声で怒鳴ったりして自己嫌悪になる日々が続いた。
施設に入ってからは優しい職員さんに介護され、適切な栄養管理と運動で健やかに過ごしていた。残念ながらコロナ禍のために充分な面会は出来なかったけれど。
その父が夏の初め頃から体調が思わしくなくなった。傾眠もひどくなり食事も介助が必要になってしまった。
そして、食事中に嘔吐して窒息。心肺停止となり救急搬送された。
心臓マッサージで蘇生したけれど、呼吸が15分も止まっていたために、脳に大きなダメージを受けて自発呼吸も出来ず、意識も戻らない。担当医師からは意識が戻ることは極めて低いと告げられ、選択を求められた。延命措置をするか否か。
私には兄弟姉妹もいない。配偶者もなし。
娘と息子と話し合い、延命措置はしないことに決めた。
点滴の量も減り、自然にお迎えが来るのを待つ。その日がいつやって来るのか。
私は子供の頃から父のことが嫌いだった。
穏やかで優しい人だけど、お人好しで他人から騙されたり、いいように扱われたり、馬鹿にされたりするのが嫌だったから。
随分前に母が亡くなり、父と暮らすのがとても嫌だった。父が死んでも涙なんか出ないんじゃないかと思っていた。
だけど、ICUのベッドに別人のようになって横たわる姿を見て無性に泣けた。
親不孝な娘だったと詫びた。今頃もう遅いのだけど。
父の誕生日は4月。桜の季節だ。
来年、90歳になる予定だった。どうか春までは生きていて欲しいと願ったが、どうもここら辺が父の寿命のようだ。
病院からいつ連絡が来るだろう…。
不安な気持ちで今これを書いている。
お父ちゃん、今まで見守ってくれてありがとうね。どうか最期が穏やかでありますように。
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