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【独りよがりレビュー】糸

なぜ めぐり逢うのかを 私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを 私たちは いつも知らない

彼と出会ったのは、本当に偶然だったと思う。
友人と大学の食堂を出て、午後の講義に向かう途中だった。
向こうから数人の男性がおしゃべりしながら歩いてきた。
近づいてくるその輪郭の一つが、見たことのある人の形だった。

すれ違った瞬間、
「あっ」
お互いの目が合って、同時に声を発した。
「久しぶり」
そう言ったのは、私のほうだった気がする。
「髪、どうしたん!? 切っちゃって」
やっぱり気づかれたかと思った。女の子みたいに細かいことに気づく人だったもんな。
髪を切った理由を話すのが恥ずかしくて、一瞬沈黙した。
「遠くから、カワイイ子が歩いてくるって思ったら、ルミさんだったから、びっくりした。髪型似合ってるよ」
ついに振られて別れたのかと図星を指されて、あざ笑われるのかと思った。だって、あの子とケンカしたり、仲直りしたり、うまくいかなくて悩んだり、わめいたりしている無様な高校時代の私を、彼は知っていた。友人としてずっとそばで見ていたから。
それなのに、開口一番、彼は髪を切った私を「カワイイ」と言った。髪を切った理由を、すごく端的に説明したら、ちょっと嬉しそうにニコッと笑って「今度、遊びに行こうよ」って言った。
「じゃあまたね」
バイバイと手を振って、すれ違った。わずか十数秒の再会だった。
私が20歳と2か月、夫が20歳と6か月のことだった。

どこにいたの 生きていたの
遠い空の下 ふたつの物語

高校を卒業して2年間。お互いに知らないところで生きていた。あの日、あの場所で再会していなければ、私たちの糸は交わることなく、何も生み出すこともなく切れていたんだろうと思うと、本当に不思議で仕方がない。

2000年に結婚した。今年で結婚20年を迎える。
気が付けば、二人の子供の年齢は、私たち夫婦が出会ったときの年齢を超えた。20年の間に、あんなに元気で長生きしそうだった義母を見送った。転職もした。友を亡くしたり、心がどん底まで落ちたりしたときもあった。昨日まで知らない誰かだった人がいつの間にか大事な友達になった。これまで一度も書いたことがなかったのに、毎日のように文章を書いている。

なぜ めぐり逢うのかを 私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを 私たちは いつも知らない

特別な人生じゃない。どこにでもある地方暮らしの夫婦の話。
こんなちっぽけな私の人生の糸でも、奇跡や偶然、喜びや悲しみ、悩みや苦しみの色に染められて紡がれている。
そんな私と夫が織りなしてきた20年は、どんな色をしているのだろう。うれしい、楽しいと思う日より、辛くて大変だと思う日のほうが多かった気もする。でも、振り返ってみれば、どれもとても大事な愛しい色の布が織り上げられていると思う。

逢うべき人に 出会えることを
人は 仕合わせと呼びます

なぜめぐり逢うのか、いつめぐり逢うのか知らない私たちは、出会うべく人に出会えるまで、過去に縛られることなく、前を向いて、懸命に生きていくしかない。そして、誰の、どんな人生も、美しい糸を紡いでいる。
人の人生は、こんなにも美しくて尊いのか。
今日、そんなことを思って、映画のスクリーンを前に、ほろりと涙を流れた。

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感染症のせいで公開が延期されていた、映画「糸」がついに公開されたので、観てきた。

若手俳優界で、並ぶものがいない人気と実力の持ち主、菅田将暉くんと、これまた美しさと目力のある迫力の演技力の小松菜奈ちゃんのW主演。
文句のつけようがない。
その上、脇を固めるのは、斎藤工、榮倉奈々、高杉真宙、成田凌、二階堂ふみ、片寄涼太、倍賞千恵子、田中美佐子、松重聡、永島敏行って、どんだけ豪華なん。

二人は、スクリーンの中で、高橋漣と岡田葵だった。
富良野の広大な景色、スタイリッシュな東京、美しい海が広がる沖縄、エネルギッシュなシンガポール、どの場所でも二人は、ずっと変わらず二人のままで、過去を恨むことも、人生に腐ることなく、懸命に生きていた。いつかお互いがめぐり逢うために。

中島みゆきの「糸」が、誰にとっても自分の歌に聞こえるように、この映画もまた、誰にとっても自分の映画になると思う。

久しぶりに、大スクリーンの前で気持ちのいい涙を流した。
エンドロールもよかったので、最後の最後まで楽しませてもらった。
最後の夏休み、いい時間を過ごせました。ありがとう。

もちろん、パンフレットも小説も買って帰りました。

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