老人ホームで、サッカー代表戦を観て、ハイタッチした話。 | 新卒介護士カイゴ録
老人ホームで働いていた頃の話。
若い女性の入居者さんがいた。
前回の記事で、恋に悩み、クリぼっち回避に人生をかけていた僕を憐れみ、相談に乗ってくれたあの慈悲深いOさんである。Oさんとの話を少ししようと思う。
例の記事はコチラ↓
Oさんは複数の疾患をお抱えで、免疫力や体力に難があったが、知的な障害、疾患はなかったことと、年齢が比較的近い(それでも30は離れている)ことから、よく他愛もない会話をする仲だった。
Oさんの部屋は廊下の一番奥にあり、手前の部屋から順にオムツ交換などしていくと、最後にたどり着くオアシス、心の休憩所であった。よく「疲れたー」なんて言って訪問しては、愚痴に付き合ってもらったものだ。
もちろんOさんの悩みや、疾患と付き合っていく上でのストレスから来る愚痴や弱音も、僕は親身に聞くようにしていた。でもどちらかというと、いつも僕が話を聞いてもらう、相談に乗ってもらう側だった。
一度、サッカー日本代表戦の中継を、Oさんの部屋で一緒に見たことがある。仕事が終わって、いつものように部屋に遊びに行ったら、ちょうどテレビの向こうの日本代表がチャンスを作っていた。
それから20分くらい、僕らはご利用者と介護士ではなく、友達とか恋人とか家族とかみたいに並んでテレビの前で、共に手に汗握って、ピンチやチャンスに呼応してワーとかキャーとか叫んでいた。
そして日本がゴールを決めた。ひとおりワーキャー騒いだあと、僕はOさんとハイタッチした。
僕は老人ホームに入社してしばらく、ひたすら歯車となって、ギッチギチのタイムスケジュールのもと、ルーティンをこなすことに必死だった。当たり前に覚えること、こなすこと、これらで精一杯だった。僕は入社までは、じいちゃんばあちゃんとの心の交流とか、心のケアがしたい、と思っていたが、心の交流の前にやるべきことが膨大にあるのが現実だった。
無駄なことを考えているヒマが一切ない毎日にあって、ゴール後のハイタッチの瞬間、あ、今僕はこの人と心が通じ合った、と思った。そのあと、この仕事も悪くないな、と少しだけ思った。
サッカーを観ていた20分の間、タイムカードの退勤を切っていなかったのは内緒である。