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連載・近過去SF小説『愛の走馬灯弁当』(2) ラヴストーリーは筑前煮

SF小説=Science Fictionにあらず、Slow Food小説。スローフードは、1986年にイタリアでファストフードに対して唱えられた、伝統的な食文化や食材を見直す考え方

プロット・あらすじ・執筆予定はこちらで:


2.ラヴストーリーは筑前煮


筑前煮を詰めた弁当箱の白いご飯を目の前にして、おもむろに買い置きの海苔を取り出す。

取り出したのは肌理が粗くゴマ油のついた韓国海苔ではなく、肌理が細かい普通の日本の海苔。1枚取り出すと、キッチン鋏(はさみ)で切りやすいように3センチほどの帯状にカットする。

下絵など書かず、紙を左手で持って勘と右手の鋏の動きだけでカットしていくのは、佑子が昔得意としてた切り絵のやり方だった。

佑子と同じ東北の青森出身の板画家の棟方志功の、繊細ながらも力強い線が大好きだった。

ほんとうは美術学校へ行って版画をやりたかった。絵とかイラストでもよかった。結局、親の意向で高校を出て通った調理学校もとても忙しくて版画などやっている時間はなかった。でも、家で時間があると、紙を片手に鋏で棟方志功の優しい菩薩像の線をまねて自己流で切り絵を作ってみたりした。

連続する線だけで表現できない部分は、下地に切った紙を貼り付けてから、更に別途カットしたピースを糊で貼り付けてみる。

これじゃ切り絵じゃなくて貼り絵ね、と思ったが、その自己流の切り絵が好きだった。なにもないのっぺりした紙から、そこに埋もれていた人の顔や山や木々を自分の鋏が切り出していくのが何よりも好きだった。そうやって作った切り絵は誰に見せるわけではなく、自分の部屋に飾っておくだけであったが。

結婚してからも、家事育児の合間に、子供たちが寝静まって夫が仕事の会食でまだ帰ってきてない夜などに、鋏を持つことはあった。

鋏は、仙台の画材屋で見つけた先が鋭利なちょっと高価だったものをずっと使っていた。切れ味が気持ち良いので、夫には内緒でキッチン用に同じものをもうひとつ買ってあった。野菜の処理などでは、包丁よりも切れ味がよく、鋏を器用に扱える佑子には使いやすかったのだ。

でも、この時まで一度も、それをつかってキッチンで海苔から文字を切り出そうなんて考えてみることはなかった。

キッチンでの料理は家事、切り絵は空き時間の余暇、はっきりと分かれたものだった。そういえば料理も学校でならったようにレシピに忠実に分量や手順を追うほうで、そこに自己表現というか味の個性をおりこもうと思ったことはなかった。あくまでも規格通りの作業、切り絵で感じるわくわくする創造性のようなものを料理で感じたことがなかった。

不思議なことに、今、弁当箱の白いご飯を目の前にすると、それが急に白地のキャンバスのように見えてきた。

佑子は、鋭利な鋏を右手に左手に持った海苔のなかに埋もれている思い描いた文字たちを切り出していく。そしてそれを白飯の上に描いていく作業に没頭していった。

早朝の1時間があっという間に過ぎる。台所の窓の外が夏の朝日で白んできた5時頃、その作業は終了する。

ラヴストーリーは筑前煮

白いご飯の上に、その文字は棟方志功の版画のように力強く並んでいた。

我ながら漢字の「筑前煮」の部分がとてもうまく描けたと思った。ラヴの濁点も自然で完璧だった。敢えてラブでなくラヴにしたのは、どっちだったか忘れてしまったことと、「ヴ」という文字がセクシーだなと思ったからであった。

そうそう、と思い、居間にいってデジカメを持ってくるとそれを写真に収める。

その間、脳裏には「ラブストーリーは突然に」の歌詞が流れていた。全部覚えていないので覚えていた箇所だけだったが。

何から伝えればいいのかわからないまま時は流れて
あの日あの時あの場所で君に会えなかったら
僕らは いつまでも見知らぬ二人のまま

和男さん、この駄洒落すぐわかるかしら?あなたのカラオケ持ち歌のタイトルのかなりがくっとコケる駄洒落だけど、どう思うかしら?あのお見合いの席で出会った日のことを思い出すかしら。小説みたいなドラマチックな街角の偶然な出会いとかじゃないけど、自分にとってはあれが人生の運命的な出会いだったと佑子は思う。

「調理学校ご出身なんですね。得意な料理とか、どういうものですか?」

ぼそぼそとした声で、お見合いの席で二人だけになったときに和男はきいてきた。

「とくに得意とかありませんけれど。たとえば煮物とか、ぐつぐつ煮る系をよく作ります」

「筑前煮とか?」

唐突な具体的な質問に戸惑うが佑子はうなずく。

「筑前煮、好きなんです。。。」和男が答える。

それで、会話がちょっと途絶える。

佑子が口をひらく

「。。。れんこんやごぼうのしゃきしゃきな歯ごたえと、こんにゃくや人参や椎茸のしっとり感がいいですよね。絹さやとかはお好きですか?」

「はい、とても!」和男は勢いよく返事する。そして聞く「あのぉ、里芋はいれないんですか?」

「あ、言うの忘れてました。もちろん入れます」佑子がそう言うと、二人は初めて笑う。

和男はその佑子の笑顔がかわいいと思う。佑子は和男の笑顔が優しいと思う。

13年前のそんなたわいのない二人の出会いを思い出しながら、佑子は弁当箱のふたを閉めて保温のシートに包んでからゴムバンドをかける。それをキッチンのカウンターのいつもの場所に置いておく。

ふと思い立ち、ポストイットを取り出すと、こう書いて弁当の包みの上に貼っておく。

「ご飯に海苔文字を切り絵しました。驚かないでね」

(第3回 「黄身に胸きゅん」へと続く)

連載予定
(気分でどんどん変えてきます。Yは祐子の独白中心、Kは和男のつぶやきの回):

第1回 プロローグ (Y)
第2回 ラヴストーリーは筑前煮 (Y)
第3回 黄身に胸きゅん (K)
第4回 Mr. サンマータイム (Y)
第5回 愛の国ギンダーラ (K)
第6回 いとしのエビー (K)
第7回 紀文しだいで責めないで(K)
第8回 勝手にしやカレイ(Y)
第9回 切り身ソフトリー(K)
第10回 ラヴイズ大葉(Y)
第11回 エピローグ・夏の終りのはもニー(Y K)

この空想小説は、あやさんの『愛の海苔文字弁当』に触発されて書くまったくのフィクションです。実在の人物や団体とは関係はありません。小説のお題は海苔文字弁当の駄洒落を拝借しております。


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