見たい景色が増えてきた。
見る景色が変わってきたかなと思う。
でも私は極端。
白が黒か。
やるか、やらないか。
中間になるということ。
「○○が、大得意です!」
そう言えるものってあったのかな?と感じる。
強みとか、得意とか……
あって損は無いのだろうけれども、前ほどに固執しなくなった。
強みや得意は結局、誰かと張り合うものにしか使えていなかったから。
使い方次第でどうにでも変えれることができるとしても、強みや得意よりも、胸がワクワクするようなことをしたい。
「○○ができるから私、最高!」とはあまり思わない。
感情は毎日変わる。
時間帯でも、天候でも。
昨日できていたことが、今日は不得意に感じる日もある。
「昨日はあんなにちゃんとできたのに。」
比較対象はできた自分。
じゃ、できない日の自分は?
人と比較しない分、楽になるものかと思ったけれども、結局は自分と自分を比べること。
そんな日もあるよね。
まぁいいんじゃない。
真ん中を取ることが、とても難しいのかもしれない。
そして、できていた自分とは?
心の折り合い。
どんな景色のなかにも、どんな人の心のなかにも、美しいものがあると信じてきた。
それは今も変わらない。
でも私の心が荒んでいれば、その景色の中の美しさも、人の心のなかにある美しさも見たいとは思わない。
「昨日の景色はよかったのに。」
そう思うときは、だいたい自分が疲れている。
心の中でそう呟けば、跳ね返ってくる衝撃は大きい。
心の中で折り合いをつけること。
……でもそれは、一人でしなくてもいいこと。
選べる自由は大きいから。
誰と、どんな時間を過ごし、自分が何を感じて、どんな風に言葉で伝えたいのか。
大切な存在が増えていくと、一緒に見たい景色がひろがっていく。