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『伝聞情報のパラドックス』
導入:魚が盗まれた際の真偽不可能性
ある者が「今日買ってきた魚を見知らぬ人に盗まれた」と訴えたとしよう。その場で「証拠はあるのか?」と尋ねると、「驚いてしまったので証拠はない」と返答した。周囲には防犯カメラもなく、その話の真偽を確認する術が存在しない。
このように、事象の再現が不可能な場合、伝聞情報の信憑性を確保することは極めて難しい。このエピソードは「伝聞情報のパラドックス」の一例であり、我々が日常的に遭遇する真偽不明な情報に対する懐疑を象徴するものといえる。
伝聞情報のパラドックスと現代の情報環境
この「伝聞情報のパラドックス」は、情報がAIやSNSといった現代技術を通して大量に発信・流通される時代において、いよいよ深刻な問題を引き起こしている。従来のマスメディアが情報発信を寡占していた時代には、発信元をある程度限定し、その信頼性を担保することが可能であった。しかし、SNSの普及によって、個人が簡易に情報発信者となる環境が整った結果、情報の真偽は一層不確かになり、リテラシーの低下による虚偽情報の氾濫が深刻な問題となっている。
さらに、AI技術の発展により、文字や画像、音声といったデータが容易に生成・改変される今、伝聞情報の信憑性は根本的に揺らいでいる。AIが自動生成したニュースが人間の手によって作成されたものと区別できない場合、情報が事実であるか否かを判断することはますます困難となる。このような状況は、伝聞情報に伴う「信じる」行為の必要性と共鳴し、情報の真偽を確認するための手段が制約されることを浮き彫りにしている。
解決策の考察
1,重要性に基づく取捨選択と他情報源との比較
「伝聞情報のパラドックス」に対する現実的な解決策として、すべての情報を精査することが不可能であるため、重要性に基づいて取捨選択する方法がある。このアプローチにおいては、重要性が高いと判断された情報のみを他の信頼できる情報源と比較し、その正誤を確認することで信憑性を判断する。すべての情報を精査することが不可能である現状を踏まえ、現実的なリソースの範囲内で情報を評価する方法として有効である。
2,発信元の信頼性評価
また、発信元の過去の実績や人柄を基に信頼性を判断する方法も有効である。歴史的に見ても、情報の信頼性は発信者の評判や実績に依存してきた。しかし、発信者が意図的に虚偽を流布する場合、この方法は有効性を欠くため、複数の情報源を基にした相互評価が望まれる。
3、再現不可能性と歴史的整合性
最後に、「再現不可能性」に対する脳科学的補完として、歴史的な整合性の視点がある。
このパラドックスは事象の再現不可能性がキーになっているのだが、そもそも、人間は”今この瞬間”を厳密な意味で知覚する事は可能だろうか。
例えば、「今、午後3時(00分)になった」とAさんが認識する。その際厳密な意味でその人が”ちょうどその時”に認識した訳ではないだろう。視覚・聴覚から入った情報が脳に伝達される過程でどうしてもタイムラグが発生するからだ(脳科学者であるリベットは『私たちが自覚したものは、 それに先立つおよそ0.5秒前にすでに起こっていることになる』と語っている※Libet研究論文 (2004)70、82頁)。
このように人間は本質的に「現在」に生きることができず、「今」と意識した瞬間には既に過去へと移行している。すなわち、すべての情報は過去のものと見なすことができ、完全な再現性を求めることは不可能である。
この観点から、伝聞情報においても、その一貫性や整合性が真偽を判断するうえで重要な役割を果たすといえる。このアプローチは、情報の再現不可能性に対する脳科学的反論として、情報の信憑性を検討する際の指針となり得る。
結論
現代の情報環境において、「伝聞情報のパラドックス」は一層深刻な問題として浮上しており、情報の真偽に対する信頼は、伝聞という性質によって制約されるものである。しかし、このパラドックスに対する解決策として、情報の重要性に基づく取捨選択と発信元の信頼性評価、さらに歴史的整合性の観点を含めることで、少なくとも情報の信憑性を評価する助けとなり得るであろう。