日本はソフトな独裁国家。
わたしの頭の中に強く残っている言葉です。
世界でいま最も注目されている哲学者のマルクス・ガブリエル氏が日本に対して表現した言葉です。
私は日本が好きですが、日本へ行くと独裁国家にいるような感覚を覚えます。とても民主主義的だし、人々も優しい。中国にいるときのような感覚はない。でも、非常に柔和で優しい独裁国家です。誰もがそれを受け入れている、ソフトな独裁国家のような感覚です。
このように完璧になめらかな機能性には、ダークサイド(暗黒面)があります。精神性や美が高まるというよい面もありますが。日本文化は非常に発達していて、誰もが美の共通認識を持っており、食べ物も、庭園も、すべて完璧に秩序が保たれている。それが日本文化のすばらしい面であり、よい面です。
でも、暗黒の力もあるのです。抑圧されたもののすべてが、その力です。時間に遅れてはいけない、問題を起こしてはいけないと、まるで精神性まで抑えるかのような力です。先ほどの白手袋のように、テクノロジーへ服従させられます。私は、これは日本を規定する対立関係(antagonism)だと思います。どんな先進社会にも構造的な対立関係が組み込まれていますが、対立関係、つまりは弁証法です。
私はどんな国でも、集団でも、人でも、良い悪いということはないと思っており、全ては特性・性質だと思っています。
その上で日本は、海外の方が訪れる先・住まう先として、とても魅力的に映ることもあるし、とても過ごしづらいと感じることもあると思います。
日本以上により民主主義的・個人主義的な国にも、魅力的に感じるところと、ダークサイドがあると思います。
私が日本で感じてきた生きづらさと過ごしやすさ。そして海外で感じた生きづらさと過ごしやすさ。それらが本当によく表現されていと感じました。
集団に染み込んでいるDNAによってもたらされているソフトな独裁。
それは大きな恩恵を生み出し、
大きな犠牲も生み出しています。
そんな日本・日本人の特性を、これからの人類のためにどのように活かすことができるのでしょうか?
何をどのように変化させることで日本の弱点を補い、強点を最大限伸ばすことが出来るのでしょうか?
それが私は哲学だと思っています。今の日本に最も足りないことは意思決定能力/構造だと思っています。
今の日本はただの習慣性で意思決定することしか出来ず、それによって問題が起きてもそれを何とか誤魔化すことしか出来ず、根本的な解決をすることが不可能な状態にあると思っています。
ではどんな哲学が必要なのか?
私は個人主義は日本の特性に相性があまり良くないと思っています。島国であり、自然災害と共に生きてきた日本人のDNAには「他者との関係性」が根強く染み付いています。
ですので自分がどうなるのかよりも、他者との関係性がどうなるのかというところに対して進化発展が起きやすい特性を持っていると思います。
ですので今からの日本に必要な哲学は「関係性」を上昇させることが出来る哲学であり、これまでの西洋哲学・東洋哲学、そして現代科学も含めたすべてを疎通させることが出来る哲学であると思います。
そんな哲学を取り入れることこそが、いまの日本の絶望を反転させる唯一の突破口であると感じています。
政治にも失望し、上司にも失望し、社会にも失望してしまいたくなる現代日本。
それらは全て哲学の不在から来ていると思いますし、逆に言えば日本が全く新しい意思決定構造を持つことができれば、現代社会で起きている問題がすべて一掃されると思います。
私はそんな日本に貢献できる哲学が、韓国人でありながらバブル崩壊後の1996年から日本の可能性を確信し、日本流の哲学を体系化し、発信し続けているノジェスさんの令和哲学であると確信しています。
現代日本に生きづらさを感じ、未来に希望を感じることができず、失望している方にこそ、令和哲学に出会って、絶望の国 日本だからこそ始められる全く新たな哲学と、全く違った日本社会の可能性と出会ってほしいと思っています。