書評 起業の天才 大西康之
ここ最近、断捨離を進めていて、ブックオフのポイントが結構たまったので、それを使って表題の書を購入、久々に紙の本を読んだ。リクルート創業者の江副浩正について取り上げたノンフィクションだが、江副の正負双方に触れていて、この種の経営者を取り上げた本にしては、どちらか一方に触れることなく、バランスの取れた内容であったように感じる。
江副と言えば、やはり政官財を巻き込んだスキャンダルに発展したリクルート事件のイメージが強過ぎるが、リクルートの成長・脱皮を遂げる過程で起きてしまった事件だったのかとの印象を持った。リクルートはそれまで新聞社や広告代理店の牙城だった求人や不動産広告といった領域に、新たな雑誌を創刊し、急拡大していった。「情報産業」を扱う企業として、経済界でも一目置かれるようになるも、当時の経団連会長で新日鉄出身の稲山嘉寛に「虚業」と面談で呼ばれたことが、その後の大物財界人や政治への接近への傾斜へと向かい、その過程で当時は特に問題視されてはいなかった未公開株の譲渡が、彼の足元をすくうことになった流れが同書からは見て取れる。また、成長の裏で家庭ではあまりうまくいっていなかったことも記されている。
しかし、起業家として見ていくと、学生から起業し、60年代にはコンピューターに目を付け、歴史にたらればはないが、ネット時代を先取りする動きをしたり、岩手・安比高原に代表されるリゾート開発にも手を広げるなど、コロナ前のインバウンドを先取りしたようなこともしていた。リクルートのスキャンダルがあった時でさえ、会社は好業績を上げていた。江副が表舞台から去った後も、リクルート出身の松永真理がNTTドコモでiモードを立ち上げたり、ネット広告のマクロミルなどリクルート出身者が起業した企業は上場を果たしている。何より、未公開株で問題になったリクルートコスモスやリクルート本体もその後上場を果たした。江副自身は、やや不幸な部分はあったかもしれないが、そのDNAは何らかの形で受け継がれている印象は持った。ただ、同書も指摘するように、リクルートのような起業が出てきても、結局は「旧態依然」とした空気に阻まれ、日本発でイノベーションは起こしづらいのかな、と改めて感じざる得ない印象も持った。