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【短編小説】藍に染める #4


#1はこちら



藍くんだって私と同じ盛岡生まれの盛岡育ち、流石にそういうお祭りであることは知っているのだろうけど、果たして興味はあるのだろうか。

……どう見ても興味なさそうだよな、むしろ人混みとか苦手そうだし。

しばらくの間無言でポッキーをかじる時間が続いていたが、さんさ踊りの話題を出すのはなんとなくタブーな気がして別の話題を探していた。

何気なくTwitterのタイムラインを追っていたとき、窓の外をぼんやりと見つめていた藍くんから予想外のワードが聞こえてきた。


「さんさ踊りか、もう10年近く行ってないや」


驚いた。今ここで、その話題を切り出すか!?

突然の発言に度肝を抜かれたが、動揺しているのを藍くんに勘づかれるなど厄介極まりない。変に意識していると思われれば、気まずくて文学のレポートなど手伝ってなどいられない。なるべく、なるべく平常心を装った。

「お、そうなんだ、ちっちゃい頃行ったのが最後的な?」
「そう、小学生の時母さんと兄貴の3人で行ったのが最後」
「まあ確かに高校の時も、今の時期は夏合宿直前で部活漬けだったもんねぇ」
「…行かないの?」
「……へ?」
「だから、今年は部活も無いんだし、誰かと行かないの?」
「あ、ああ…いや全然、今んとこノープラン、仲良かった友達も結構県外行っちゃったし、他に誘える人もいないからさ」
「そうなんだ」
「そんなこと聞くなら、藍くんはどうなのさ」
「仲良くもない人と行くくらいなら家にいた方がマシ、暑いのも人混みも嫌いだし」
「藍くんらしいご回答ですね」
「君だったら、まぁギリ行ってもいいかなって感じ」

いや、待て待て、それってどういう意味よ。

「さっきからさんさチームの練習ずっと見てたでしょ、どうしても君が行きたいならついていってあげてもいいけど」

自分の耳が信じられなかった。

「……それ本音?マジで言ってんの?」
「だって君、150cmそこそこの身長しかないでしょ、一人で行ったら人混みに押し潰されるんじゃないかと思って」
「いや、子供じゃないからね?」
「はいはい、で、どうすんの?」
「……これ誘導尋問じゃん、分かった、結局藍くんが行きたいだけでしょ、それこそ私が付き添ってあげてもいいけど?」

さっきまでの意地悪そうなにやけ顔が一瞬揺らぐのを、私は見逃さなかった。

「…………4日間あるけど、どの日がいいとかあるの?」
「ちょっと、なんでそんな悔しそうな顔してんのさ」
「うるっさい、いいから教えて」
「特に違いはないからいつでも良いんだけど、せっかくだからうちの大学が出てる日がいいかな、ちょっと待って調べる」

スマホの検索画面に文字を打つ手が震えた。まさか、まさか藍くんと2人でさんさ踊りに行く日が来ようとは。

2人で行くって、つまりそういうことだよ?
周りに勘違いされてもおかしくないんだよ?
君はそれでいいのか?
むしろそれを狙っている?
もしや告白でもする気か?
いや、逆に何にも考えてないから誘えるのか?
私を女子として見てない可能性だってあり得るな?

こちらの脳内思考の大渋滞など対岸の火事と言わんばかりに、いつものほぼ無表情に近い涼しい顔で残りのポッキーを食べる彼。こっちの気も知らないで。

考えたところで答えなど出ない。ここまで来たら何も考えず期待せず、とにかく久しぶりの夏祭りを満喫してやろう。どうにかなったら、その時はその時だ。

「じゃあ藍くん、明日8月2日、17時に盛岡駅集合で」

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