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【小説】餃子


 暑い一日だった。梅雨の最中の年であっても、梅雨が明けた年でも、誕生日の前日はなぜかいつも真夏のように晴れた日と決まっていた。生まれてからずっとこの日は東京で迎えた。もちろんほかの地域ではこの日の天気が雨、ということは何も珍しいことではなかった。それでも東京だけはいつも晴れた。毎年のように晴れるものだから、最早誕生日当日よりも私の中では印象に残ってしまっているような気さえする。でもまだ六月だから、これだけ晴れているのにセミの声はしなかった。私はそのことがなんだか不思議で、それもまたこの日の印象を強くする理由だった。季節は音を内包している。毎年のように私は同じ結論を下した。
「ねえ、今なに考えてるの」
目の前でソファに座って、ぼーっとしている律に聞いてみた。
「え、明日の菜津の誕生日どうしようかなーって」
「嘘つき」
「え、なんでわかったの」
「嘘なんかい」
二人でくすくす笑った。彼が実際に何を考えていたのかはわからないけれど、それは大した問題ではないように思えた。昼間の暑さは夕方を過ぎてからだいぶマシになって、私が家に帰ってきたときには、網戸にしてちょうど心地良いくらいになっていた。
「明日は仕事?」
私も去年までは多用していた質問を律がしてきた。さすがにそろそろ慣れてくれよ、とも思うけれど、彼自身はまだ学生なので、その曖昧な曜日感覚を大切にしてほしいと思う部分もあったから特に怒ることもしなかった。いつの間にか律以外からはされることもなくなったし、曜日固定ではないアルバイトをしている彼以外にはする必要のなくなった質問だった。
「明日って何曜だっけ」ヒントを与えるように律に聞き返した。
律は自分の携帯の電源を入れて今日の曜日を確認する。
「金曜、らしい」
「じゃあ、仕事だ」
「そっか、じゃあ誕生日っていっても、とりあえずは今日と同じ感じだね。」
 今年で二十三歳になる。職場の同期に比べると自分でもびっくりするくらい私の中に学生気分というのは残っていなかった。だからもう誕生日に非日常を求めることもない。まあ、もともと記念日に旅行をしたり、誕生日にはお洒落なレストランに行ったり、というタイプの学生生活ではなかったのだ。
「じゃあ、夕飯は俺が用意するよ」
曜日を確認した流れでそのまま携帯をいじりながら律は言った。
「なんか食べたいものある?」
「んー、なんでもいいよ」
「そういうと思った」
 目の前を小さな蚊が通り過ぎた。律は私と同い年の大学生だ。普段からどこか抜けているところがあって、本当は今年の春に一緒に卒業するはずだったのに、卒業要件に含まれている授業の単位を一つ取り忘れてしまったらしくて、もう半期大学に通うことになった。親には結構怒られたみたいだけど、当の本人は卒業後のあてもなかったようだから、そこまで影響はないと楽観的だ。それでも彼の住む家だけは解約しないといけなかったから、今は私の住む家で一緒に暮らしている。秋に卒業する人なんて少数で、お互い周りにいなかったから、正直イメージが湧かない。だから漠然とした不安はあってもあまり気にしないようにしていた。そもそも彼の進路なんて、私がどうこう口を挟むものでもない。
「夕飯、なんか考えとくね、菜津もう寝るでしょ? 俺まだ起きてるから」
「うん、おやすみ」
「おやすみー」
 社会人になってからは決まった時間に寝るようになった。大抵の場合、律は私より遅い時間に寝て、遅い時間に起きた。先ほど見た天気予報によると明日は雨かもしれなかったので、寝る前に網戸を閉めて緩い冷房を二時間だけかけておいた。

 入社してすぐの研修みたいな期間も最近終わって、仕事もぼちぼち与えられるようになったせいで職場を出たのは二十時前だった。結局今日一日雨は降らなかったらしい。去年の誕生日はどうだったっけ。生ぬるい外気に吹くそよ風が心地よかった。これほどにそよぐという言葉がぴったり当てはまるように感じられることはない、そんな気候だった。そよぐって戦ぐと書くらしい。初めてそのことを知った(確か中学生の時だった)私は、以降ふとした時にそのことを思い出し、その度に言葉についての疑問をわからないままにしておいた。職場では仲の良い同期二人がささやかにお祝いをしてくれた。仕事終わりにご飯に行こうと誘われたけれど、早く帰りたかったので、また今度ねと断った。
 最寄りの駅に着いたタイミングで律に「駅着いた!」とラインした。するときもあればしないときもある。今日は一応、私の誕生日で、帰った私を迎える側の律にももしかしたら準備みたいなものがあるかもしれないと思い連絡を入れておいた。メッセージを送信した瞬間既読の文字が付き、すぐに「了解! 今日餃子!」と返事が送られてきた。相変わらずよくわからないキャラクターのスタンプが添えてある。彼の普段と変わらない様子を見るとなんだか自分の気遣いが馬鹿らしくなって思わず頭を搔いた。正直、なんで餃子? と思ったけれど、すぐに何となく受け入れてしまった。今日に限らず、律は普段からそういうところがある人だったからだ。餃子はたぶん家の近くにある中華料理チェーン店のテイクアウトのやつだろう。もしかしたらちょっと背伸びして、今頃冷凍で買ってきた餃子を蒸し焼きにしているかもしれない。料理に慣れていない律がキッチンで油とフライパンと格闘している姿が目に浮かんだ。きっと彼のことだから調味料までは手が回っていないだろうと思い、確か家に醤油はあったから、コンビニでラー油だけ買って帰ることにした。左腕の時計を見ると時刻は二十一時を少し過ぎるところだった。

「おかえりー」
開錠と開扉の音を聞きつけた律が玄関先で私を迎えた。ドアを開けた瞬間に玄関の奥からほのかにニンニクの混じった肉汁と油の香りが、ということは全くなくて少しだけ彼の歓待を期待していた私はどこか残念に思った。
「まだご飯できてない?」
「うん、ご飯は炊いたけど餃子はまだ。一緒に作ろうと思って」
「一緒に作る?」
 彼の言葉を聞いてすぐに嫌な予感がした。嫌な予感というか、私の予想を簡単に超えてくる彼の言葉に驚いていた。そんなことを話しながら、彼のあとについて部屋に入るとテーブルの上に近所のスーパーのレジ袋が置かれていて、中にはキャベツのかけらやら、ニラやら餃子に必要な具材が入っていた。中には片栗粉なんかも入っていたから、たぶんインターネットで食材を調べながら買ったのだろう。
「ほんとに最初から作るつもりなの?」
「うん、肉とか餃子の皮とかは冷蔵庫に入ってるから」
「もう九時すぎなんだけど」
「そう言われても何時に帰ってくるかなんて知らなかったし」
「たしかに……」
「とりあえず先にシャワー浴びてきちゃえば?」
「……そうする」
 今日が休みの日だったら付き合ってあげてもいいけれど、今日は私の誕生日であると同時に平日の金曜日でもあった。正直疲れていて、一から料理するのは少し面倒くさい。ただ、彼はこうなったら私の言うことは聞かないし、何よりも現に餃子の食材まで買ってきてしまっていて、それ以外に食べるものがなかったから仕方がなかった。私は手早く上着や時計の類を外して、バスタオルと着替えをもって脱衣所へ向かった。彼はその間私が仕事から帰ってくるまで見ていたのであろうユーチューブの続きを見ていた。
 シャワーを浴びて、部屋着に着替え、適当にドライヤーをかけて部屋に戻った。きっとまだスマホで動画を見ているのだろうと思って、リビングのドアを開けたら、律は食材を袋から出したりして、餃子を作る準備をしていた。「意外……」と思わずぼそっと言葉が漏れてしまった。彼は「何が?」と大して気にしていない様子で聞き返す。
「それより聞いて! 携帯繋がんなくなっちゃった」
「え、なんで」
「わからん。ちゃんと料金払ってるのに」
なるほど、携帯がつながらないから動画が見れなくなって、仕方なく出来ることをしていたのか。うちにはまだWi-Fiがないから、データ通信ができないとスマホはただのスタイリッシュなハコだった。それから律に言われるままに私は自分の携帯が繋がるか確認してみると、確かに携帯の右上に5Gのマークはあっても隣のアンテナは一つも立っていなかった。
「ほんとだ、アプリもブラウザも繋がんないや」
「でしょ、通信障害ってやつかなー」
「かもね、でも夜でよかった。日中だったら結構面倒だったかも、夜ならもう寝るだけだしね」
それほど重く受け止めていなかった私に対して、律はなぜか悲壮感を感じさせる表情をしていたので、どうしたのと聞いてみると「餃子の作り方わかんない」と弱弱しい声で呟いた。
「作り方調べてないの?」
「レシピ見ながら作ればいいと思って」
「私も作ったことないけど」
「うん、だよね」眉間にしわを寄せて彼は言う。
律の最後の言葉には少し引っかかったけれど、今はそれどころではないので無視した。律は困った顔をして相変わらず繋がらない携帯をいじっている。餃子か。私が小さい時に母が皮から作っているのを一度だけ見たことがあるけれど、母が家計を助けるためにパートの仕事を始めてからは、餃子を言えば手間がかからない冷凍餃子が私の中では当たり前になっていて、作り方なんてほとんど覚えていない。まあ、餃子の皮は買ってあるみたいだから、タネさえできれば何とかなるかもしれないと思った。きっと律はタネの作り方すら全然想像出来ないのだろう。彼はご飯を食べているときにしょっちゅう「これ何の肉?」と聞いてくるような、食に関しては本当に疎い人だった。
「菜津、ごめんね。どっか外で食べようか」
「いいよ、君が絶望してるほど救いようのない状況でもないから」律の卒業後の進路の方が餃子よりもよっぽど救いようがない。とりあえず私は律にキャベツとニラを持ってくるように指示した。彼は自分で買ったキャベツとニラをどのタイミングでどうやって使うかもイメージできていない様子だった。キャベツを包むラップを取るだけで苦戦している律は、針の穴に糸を通すのに四苦八苦している人を見ているみたいでなんだか面白かった。
 たぶんキャベツもニラも細かくするのだろう。みじん切りってやつだ。少なくとも私が食べてきた餃子には野菜が大きさ的な存在感を残していたものはなかった。ある程度野菜を等分してから、左手を包丁の背に添えて、まな板に当てた先端から押し込むように切る。何となくニラの方が簡単そうだったから、律にはニラを担当させた。五秒に一回くらいのペースで、ざく、ざくと音を立てる律のことを、彼が手を切らないように監視しながらキャベツをみじん切りにした。
「結構楽しい」始める前はこの世の終わりみたいに落ち込んでいた律はニラを刻む度に元の調子に戻っていった。
「よかったね」
 どれくらい細かくするのが正解なのかよくわからなかったから、律と私が飽きてきた辺りで野菜を切るのはやめた。そしたら今度は冷蔵庫からひき肉を出して、刻んだ野菜と一緒にボウルに入れる。律は目を丸くしてその光景をじっと見ていた。
「はい、じゃあこねて」
「え、俺が?」
「当たり前じゃん、もっかいちゃんと手洗ってね」
「おっけー。あ、あとショウガとニンニクのチューブも買ったんだけどもしかしてこのタイミングでいれるやつかな」
「たぶんそうだね、持ってくるからやってて」冷蔵庫からショウガとニンニク、あとなんとなく塩コショウを取り出して適当な分量でボウルに入れた。ボウルをぐらぐらさせながら両手でこねる律を見ながらリビングの時計を確認すると時刻は二二時をとっくに過ぎていた。普段の癖で携帯を手に取り、ラインを確認しようとしたけれど、やっぱりまだ繋がらなくて、あっそうかと携帯を置いた。代わりテレビをつけるとニュースがやっていて、ちょうど今回の通信障害について取り扱っていた。どうやら東京一帯はうちと同じような状況で、それなりに大事になっているらしい、ふーん。視線を戻すと、律は変わらず懸命にひき肉と野菜が混ざったものをこねていた。次第にボウルがずれて台から落ちそうになっていたので元の位置に押し戻した。
「こんなもんでどうかな」しばらくすると、ぬちゃぬちゃと音をたてながら律は聞いた。
「んー、なんか粘りが出るのが目安とかじゃなかったっけ」
「そうなの。これは粘りが出たっていう?」
「たぶん。もう遅いし足りてなくてもいいよ」律には手を洗うようにいって、私はその間に冷蔵庫から餃子の皮を出して、スプーンを二本、ボウルに入ったタネに突き刺した。
 さて、と本来なら餃子づくりで一番楽しいはずの工程を私はどこか鬱屈とした気分で迎えた。もう夜も遅いし、何よりお腹が空いていた。律の方も慣れない買い出しに料理とでさすがに疲れた様子で、言葉にはしなかったけれど、きっと彼と私の中では同じ程度の憂鬱を共有していたんだと思う。それはそれで悪くない気分だった。
 餃子を包むのは、昔母親の手伝いをした時以来だったけれど、意外と難しいというほどの事ではなかった。最初は皮のふちに水を付けないとうまくくっつかないということすら忘れていたけれど、三つ目をやる頃にはタネを入れすぎない方が綺麗に作れるということもわかった。タネもそんなにたくさん作ったわけじゃないから、二人合わせて二〇個くらい出来るかなー、という具合だ。律の方もほとんど喋らず熱心に包んでいたので、私も特に気にせずおよそ半分を作った。先に私が一〇個作り終わったので、隣で作業している彼の作った餃子を見てみると、私のものとはどこか様子が違っていた。不器用とかそういった問題ではなく根本的に何かが違っているようだった。二つ並べてみると彼のものは同じ皮を使っているはずなのに一回り小さくて、クロワッサンみたいにカーブしていた。干乾びたしいたけみたいくしゃくしゃだった。
「なんか律の変じゃない?」九個目を作り終わったところの律に声を掛けた。
「え、そうかな」
「うん、なんか変」
んー、と律の作った餃子をよく見てみると彼の作品は包むときに両端を合わせて一緒に折り込んでいるみたいだった。そのせいで全体がギュッと縮まって、一回り小さくなっていたのだ。
「やり方違うよー、折り込むのは片側だけ」
「そうなの? えー、でも確かに菜津が作ったのと比べると俺のやつ変だわ」
作っているときは何とも思わなかったらしい。餃子と言えばこんな感じでしょ、という彼の曖昧なイメージが手に取るようにわかった。律に正しい包み方を教えて、最後の一個だけは何とか形になった。律が、もう作っちゃった分はどうしようと聞いてきたけれど、またやり直すのは大変だったのでそのままでいいことにした。どうせ食べるのは私たち二人だけだ。
 二人合わせてちょうど二〇個の餃子ができた。一人十個は食べられないこともないけれど、ちょっと多い気がしたので、お互いが作ったうちの半分ずつは冷蔵して明日食べることにした。フライパンに油を敷いて火にかける。チチチチという音を立てるコンロを律と一緒に見守った。彼はどうやらフライパンいっぱいに花火みたいに丸く敷き詰められた餃子をイメージしていたみたいだったけれど、敷き詰めるには個数が足りなかったし、ひっくり返してお皿に盛るときにフライ返しからはみ出した部分からぼろぼろと崩れそうな気がしたので却下した。「今度やろうね」
それぞれが作った餃子を一列ずつフライパンに置くと、置くたびにジュッと音をたてた。一つ目のジュッよりも二つ目のジュッの方が、二つ目のジュッよりも三つ目のジュッの方が勢いのある音が響いた。全部並べてみると、律が作った餃子の列は、端っこに一つだけ形がしっかりした餃子が突き出して並んでいて、その列の不細工さがなんだか手作りっぽくて良かった。彼は使い終わったボウルなんかを洗い終えると、隣で私が餃子を焼く様子をじっと見ていた。
「ちょっと離れてて」私は右手に水の入ったコップと左手にフライパンの蓋を持って、律に少し距離を置くように指示した。律はこれから何をするかなんとなく察しようで、はーい、と一歩後ろに下がった。私がコップに入った水をフライパンの中に入れると、さっきとは比べ物にならないくらいの大きさでフライパンは音をたてた。ジュ―――――。油がはねる前に素早く蓋をする。すぐに透明だった蓋は曇って中の様子がわからなくなった。
「これ蒸し焼きってやつ?」
「そうそう、よく知ってるね」
「さすがにそれくらい知ってるよ」律の言うさすがに、の基準はいつもよくわからない。そのあとは蓋を開けて中の様子を確認したい気持ちをぐっと堪えて、音だけを判断材料に水気がなくなるのを待った。
 しばらくすると音の色が変わったのがわかったので焦げないうちにと蓋を開けると、白い水蒸気が優しく広がって、隣にいた律の体を取り巻いた。あ、換気扇回すの忘れてた。蒸気が落ち着いてから様子を見てみると、水気はとんで、餃子も中までしっかりと火が通っているようだったけれど、代わりに縁が少し黒くなっている。
「ちょっと焦げちゃったかなあ」
「焦げ臭いってほどじゃないから大丈夫じゃない?」
「自分の列は自分でひっくり返そうか」
「うん」
先に私が餃子の底にフライ返しをグッと押し込んでフライパンから餃子をひっぺがして見せた。どうやったらお店で出てくるような底がカリッとした仕上がりになるんだろう。フライ返しをひっくり返してお皿にのせたそれは、黒焦げ、というほどではなかったが、やはり食欲をそそるような色合いではなかった。それでも空腹状態の私たちにとっては充分であるようにも思える。お皿の上の小さな餃子たちは一つ一つがとても愛らしく見えた。律も自分の列の餃子にグッとフライ返しを押し込んで同じお皿に盛りつけた。てっきりフライパンと餃子の間にしっかり差し込めなくて、引きはがすときにぼろぼろにするだろうと思っていたのに、この時ばかりは律は私が何も言わずとも綺麗に餃子を盛った。時計を見ると時刻は0時を過ぎていて、出来上がったときには私の誕生日は終わっていたことになる。誕生日だからと律が考えた計画だったのに、実行するときには一日が終わっていたということがなんだか面白くて、そのことを彼に話したら、
「食べるのもそうだけど、一緒に作るところからもう実行してるからいいの」と律は言った。

* * *

 暑い一日だった。梅雨の最中の年であっても、梅雨が明けた年でも、誕生日の前日はなぜかいつも真夏のように晴れた日と決まっていた。生まれてからずっとこの日は東京で迎えた。もちろんほかの地域ではこの日の天気が雨、ということは何も珍しいことではなかった。それでも東京だけはいつも晴れた。毎年のように晴れるものだから、最早誕生日当日よりも私の中では印象に残ってしまっているような気さえする。でもまだ六月だから、これだけ晴れているのにセミの声はしなかった。私はそのことがなんだか不思議で、それもまたこの日の印象を強くする理由だった。季節は音を内包している。毎年のように私は同じ結論を下した。
「明日何か食べたいものある?」
「んー、餃子とか?」
「え、せっかくの誕生日に餃子でいいの」
「うんー」
「あ、でも一緒に暮らしてから家で餃子食べることなかったかも。じゃあ、仕事終わりに買ってくるよ。職場の近くにできた無人の冷凍餃子の話したっけ? あそこ結構気になってたんだよね。作るの面倒だったら、その辺のテイクアウトでもいいけど」

「やっぱりいいや。違うのにしよう」
「え、いいの? なんでよ」
「いや、やっぱり誕生日に餃子は違うかなって」
私は笑いながら彼の提案を断った。確かに誕生日に餃子は似合わなかったし、私は別に餃子が食べたかったわけではないような気がした。

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