【物語】考えてみる
三上さんは見た。正確には見たというより見えた。
朝、三上さんは駅に向かって歩いていた。
毎日同じ時間に出勤していると、だんだんと顔見知り、いや、後姿知りが増えてくる。
いつもの髪型にいつものカバン、あの人がこの道を歩いているということは、今日は少し急がなければならない。
急ぎ足で歩く三上さんを40代くらいの男性がすっと追い越した。この人も急いでいるのかと、ふと後姿を見ると、背負っているオレンジ色のリュックのチャックが全て開き、ぺろりとリュックの前部分が垂れ下がって中身が見えていた。
チャックが開いていることを教えてあげるべきかどうか。
その時、三上さんは見た。正確には見たというより見えた。
リュックの中にはカップ麺以外、何も入っていなかった。
三上さんのリュックの中には仕事で使用するPCや書類、筆記用部や水筒などの荷物がたくさん入っている。それに比べて、この人はなんと身軽なのだろう!
考えてみる。
きっとオフィス勤めではなく、工事現場などの現地に赴いておこなう仕事なのだろう。服装もスーツではなく、動きやすいであろうズボンとウィンドブレーカーのような上着を着ているし、きっと体を動かす仕事なのだろう。作業着とか、仕事で使う機材は会社においてあって、家からはお昼ご飯だけ持っていくのだろう。
考えてみる。
きっと今日はお休みなのだろう。トレッキングシューズのようなものを履いているし、少し遠くへハイキングに行くのかもしれない。今日の天気は晴れのようだし。体を動かした後、見晴らしのいい山頂や自然の中で食べるカップ麺は、格別においしいに違いない。ハイキングは色々と荷物が多そうなイメージもあるが、きっと軽い、本当に軽い散歩のようなハイキングなのだろう。
考えてみる。
こんなにもリュックの口が開いているから、きっと中身をすべて落としてしまったのだろう。仕事で使うもの、仕事の責任、あらゆるものを落としながら、「今日は体が軽いな」と、お昼ご飯だけはしっかり持っていくのだろう。
考えてみる。
今日はお休み。高校生の息子を送り出して、家でゆっくりしよう、と思っていたら、息子がお昼ごはんにすると言っていたカップ麺がテーブルの上に置いたままになっているのを発見して、あわてて息子の後を追いかけているのだろう。
そして、「コンビニで適当に買ったのに」と息子に言われるのであろう。
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