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自分の身体のコントロール

毎月ひとつエッセイを書いています。
今回は4回目。はやいはやい。

実は4月分のエッセイとして書き始めたものの、書き終わらずに下書きに保存した文章が3つほどあります。
最初は勢いよく書けるものの、うまくまとまらずに止まってしまい、どうしても「公開」ボタンを押せずに下書きに保存。
別にまとまらなくても、好きに書けばいいのにと思いつつ、「もしかしたら読んでくれる人がいるかも」と自意識と戦ってしまう。

ということで、時間制にしました。
21:30までに書けたところまでを公開します。

わすれな草

今回は、自分の身体なのにコントロールできないことについて書こうかなと。
四半世紀ほど生きて、ある程度自分をコントロールできるようになってきたのですが、それでも自分の身体なのにコントロールできないものが結構あるなと思います。

例えば生理。
自分でコントロールできたらどれだけいいだろうと、いつも思います。
私は症状が軽い方で、痛みもあまりないのですが、すごく眠くなります。
月によっては「麻酔を打たれたか!」と思うほどに眠くなります。
とくに何もない日はいいのですが、なにか大事な日に被ると、お前…空気読めよ…と自分の身体にツッコミたくなります。
「何日に生理になって、何日までに終わりにしよう!」とコントロールできたらいいのに。

他にも、心に身体がついてこないと感じることがあります。
以前はなんてことなかったことも、身体が重くてついてこないとか。
肌が前より乾燥しやすくなったとか。

ああ、悲しい…。

こういう自分の身体なのにコントロールできないことがあると、自分とは別のものではないかと思うことがあります。
身体はあくまで脳や心を運ぶための入れ物で、互いに利害関係が一致しているから一緒にいるのではないか。
みたいなことを真剣に考えたりします。

あ、もしかして、
人間だけではなくて、色んな生物が生まれ持った身体に色々と悩んできたから、進化してきたのでは。
そう考えると、自分の身体をうまくコントロールできないのは当たり前のことかもしれないです!

((レモンサワーをゴクリ。))

最近は人工知能が自然な文章をつくったり、絵を描いたりできるようになりましたね。
Chat GPTをすごいなと思いつつ、でも特につくってほしい文章もなく、他の人が使ったという話を聞いて「おお、すごいすごい」と満足しています。

人工知能に身体を与えたらどうなるのでしょう。
やっぱり自分の身体をうまくコントロールできずに悩むのかな。そして時間をかけて進化していくのかな。

…ということで、21:30になったのでタイムアウトです。
全くまとまってない文章ですが、時間制なのでここまでにします。

4月は変化が多い月なので疲れますね。
皆さまお身体を大切に。ではでは。

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