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幼なじみ

「幼なじみ」という響きに憧れがあった。
私の親は転勤族で、三年に一度程度のペースで引越しがあった。
引越し先で新しい友達はできても、新しい友達の幼なじみにはなれない。
幼稚園からのお友達、とか、近所に住んでいるからずっと親同士も仲良しなの、とかそういうのに憧れがあった。
しかし私も36歳。幼なじみの「幼」とは一体いつのことを指すのか。
小学校一年生で同じクラスになり、二年生の彼女の転校から文通を続け、高校で再会、社会人になってから共にキスマイの追っかけをしたあの子も、
小学校六年生から同じクラスで、中三の私の転校で離れ離れになり、その後生活が交わることはないのに、家族のような心地よい居心地のあの子も、
これはもう、幼なじみと言っても良いのではないか。
36年も生きていると、幼なじみは知らないうちにできている。

12月6日(水)
そんな私の幼なじみが、名古屋へやってきた。
前述の、後者の友人だ。
ずっと来たいと言ってくれていたのに、コロナ禍で来られずにいた。
様々な事情により、コロナによって一番遠くに引き離されてしまった彼女。会いたいのに会えずヤキモキしていた。
今年の二月、私が一人で東京へ遊びに行き(夫の単身オーストラリアマラソンへの仕返し)、ようやく遊ぶことができた。
そして今回初めて名古屋へやってきた。
彼女と私の関係ならば、いつだって泊まりにきてもらって構わない。何なら彼女のお母さんも一緒に泊まってもらっても構わない。そんな関係だ。ただ今回は、翌日に子どもたちの発表会を控えていたためそれは叶わなかった。

次男が10月から幼稚園に通い始めたため、子どもたちを幼稚園へ送り出した後から、お迎えの15時頃まで私は自由だ。ランチとお茶を堪能しよう、ということに。
彼女は彼女のお母さんと合流して、夕方からコンサートだ。
私は産後から愛知県に住み始め、その時点で既に専業主婦だったため、「女性二人がランチをする」という用途のお店を一軒も知らない。
その地で社会人をしていないとこういう時に困るなぁ、と真面目に働いている人から石を投げつけられそうなことを考えた。
今回は彼女が初めての名古屋だということで、名古屋メシを攻めよう、とぼんやりとした作戦を練っていた。
正午頃に待ち合わせをした。二人ともしっかりお腹を空かせ、口が味噌カツを食すべく仕様に完成しつつあった。
平日の昼間なので、取引先のお偉いさんらしき人と待ち合わせをしているサラリーマン達が、いろいろな場所で円になってペコペコお出迎えしていた。
新幹線が到着して、改札口で落ち合い、
「久しぶり〜」
「久しぶり〜…、そうでもないか〜」
なんて軽いノリで会話を交わした後、二人とも事前に打ち合わせしていた通り、迷いもなく名鉄百貨店へ向かう。
「混んでるかなぁ」
「平日だし、東京じゃないし、大丈夫じゃない?」
と話しながら矢場とんに到着すると、とんでもない行列。
平日昼間と名古屋、ちょっと甘く見ていてごめん。
矢場とんもきしめんもひつまぶしも大行列。
まだマシと言えるのが、味噌煮込みうどんを食べられる山本屋総本家。味噌カツの口が完成しつつあったが、味噌だけスライドしてカツがうどんになった。私も初めての山本屋総本家。
メニューに「味噌煮込みうどん」という表記はなく、「煮込みうどん」と書かれていたので、
「この煮込みうどんっていうのは、全部味噌煮込みうどんなんですか?」
と男性の店員さんに尋ねる。
「ここも全部、…そして、こちらのページから全て味噌煮込みです」
ページを1ページ遡りながら説明された。
煮込みうどんは全て味噌煮込み、とどこかに書いておいてほしい。観光客向けに。私は観光客じゃないけど。
一人用の土鍋で、まだグツグツした状態でやってきたうどん。これを名古屋の人なら「チンチンの状態」とか「チンチコチンな状態」と言うんだよね。最近やっと耳が慣れてきた。いつか私も違和感なく言える日がくるのだろうか。
その土地の人間でないものが、その土地の言葉を使うのは、物凄く高い高いハードルがある。
小学三年生で転校した町で、「たかし」という名前の子を皆「たがすさん」と呼んでいたが、どうしても上手く言える自信がなく、六年生で転校するまで一度も呼べなかった。
土鍋の蓋がややうどんの中に浸かった状態で配膳されたのだが、その蓋を取り皿にして食べるように、と説明された。
えっこの汁がついた蓋を…!と動揺しながら、おしぼりで拭きつつ、猫舌な私は素直に取り皿にしながら食べた。
麺が硬かった…。友人も「えっ火通ってる?」と動揺。美味しかったが、硬かった。
帰宅後、生粋の名古屋人の夫と義母に山本屋総本家へ行ったと報告すると、
「あの硬さが美味しいよね」
と各々言っていたので、あれは正しい味噌煮込みうどんだったのだろう。

名古屋の味噌煮込みレポはこの辺で終わりにして、食べながら彼女と話したこと。

その話は唐突な彼女のカミングアウトで始まった。
「私、ネギ食べられるようになったって言ったっけ?」
「ずっとネギ食べられなかったけど、ここ数年のうちに食べられるようになったって教えたっけ?」
なぜ久々の二人のランチタイムに彼女はネギの話をしてくるのだろう、と不思議に思う。味噌煮込みにネギが入っているからか。
彼女は続ける。
「でも去年の年末には食べられるようになってたから、全然いいんだけど…」
去年の年末、というワードで思い出す。去年の年末に、事あるごとにプレゼントを貰いっぱなしだった彼女へ色々ひっくるめたお返し、という名目で送った、「ネギ豚しゃぶしゃぶセット」の存在を。
おばさんからのお歳暮でもらった、「ネギ豚しゃぶしゃぶセット」がめちゃくちゃ美味しかったので、是非食べてもらいたいと思い送ったのだ。
「え…!ちょっと待って…、食べられるようになったとはいえ、ネギをやっと克服した人に私、ネギ豚しゃぶしゃぶセット送ったってこと!?」
と、自分のスパルタ度に笑えてくる。
「私、ネギ克服したって言ったから、あれ送ってきてくれたのかなぁと思ったんだけど、やっぱ知らないよね?というか、そもそもネギ苦手だったことも知らないよね?」
はい、知らないです、人参が苦手ということしか知らないです…。

彼女は、そんな私を咎めたりいじったりするためにその話題を出したのではない。
私たちが親友だと互いを認識するようになって22年。その間、彼女がネギを食べられないことも、ネギを食べられなかったけれど食べられるようになったことも知らずに過ごしていた、ということ。そしてそれでも私たちは22年間仲が良い、ということ。
よく考えたら、小六から中二まで同じクラスだっただけで、そこからはバラバラ。高校も違うし、私は大学へ進学したが、彼女は就職した。趣味も違う。今も置かれている状況も住んでいる場所も違う。
本当にあの時仲良くなっていなければ…、その三年間のチャンスを逃していたら…、絶対に交わることのなかった二人。

「ほんとよかった〜」
とまた軽いノリで笑い合う。
彼女と知り合えた人生でほんとよかったし、仲良くなれた人生でほんとよかったし、ネギ豚しゃぶしゃぶのネギも食べてもらえてほんとよかった。

またきてね、名古屋。

じぇっきゃさんからのお題
「仕事が好きだったか」

これは難しい。
私は、学生時代に接客業をやっていた人間にありがちな、「私は人と話すのが大好きです!」と勘違いして営業に所属した部類のやつである。
証券の営業。これが私がやっていた仕事だ。
よく勘違いされ、ギャンブルを勧める仕事だとか、老人や金持ちを騙す仕事だとか言われる。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な、で投資先を決めて、ゴリ押しして入金してもらうのであれば、それはギャンブルの勧めになるだろう。
しかし実際は投資先を猛勉強し、プレゼンし、それで納得してもらって買ってもらう。あの分厚い四季報を、新春、春、夏、秋号全ページに目を通すような社員もよくいる。博打とは違う場所にお金を置いてもらわなければならないから必死だ。
猛勉強し、プレゼンし、納得してもらって買ってもらう、ここまではすごく良い。やりがいがある。
しかし、扱う商品(投資先)は、秒単位で価値が変わる。自分もこのお客様にはこれが良いこれが一番…、と考え抜いて提案して信じて買ってもらったものが、次の瞬間目も当てられない下がり方をする。
信頼関係を築き上げ、ようやく買ってもらえたものが翌日何十パーも下落する。電話にも出てもらえない。夜中の海外市場でも下落する。それを見たお客様から深夜にメッセージで責められる。
これが無理だった。休日も切り替えられず、マーケットが悪い日々は気分が落ち込み続けた。
上司からは「買ってください」と「下がってごめんなさい」が言えないようじゃ、この仕事はできないと言われていたが、本当にそうだ。
「下がってごめんなさい」が辛すぎた。
それは私のプライドが高いせいかもしれないし、ごめんなさいじゃ済まされるわけないだろ…と落ち込みやすい性格のせいかもしれない。下がってごめんなさいをして、挽回策を一緒に考えろ、ということなのだが、一度失敗した後のメンタルなのでなかなか持ち直せない。
よく、人の金だと思って無責任に営業してきやがって、という悪口も言われるが、損させたら話を聞いてくれなくなるので営業だって困る。だから無責任に損させて面白がっている営業なんて一人もいない(はず)。
とにかく四六時中、マーケットの状況を勉強し続けるという点では面白かった。
あとは飛び込み外交もしていたので、この家はこの会社の社長では…?とか、この家とこの家が親族だとすると結構お金ありそうだな…とか、この外壁とこの外壁一緒だからこのアパートの大家さんか?とか、街の調査員のようなことをしている時間は楽しかった。
今も職業病のように街歩きをすると、いろんな妄想をしてしまう。
ただ勉強して資料作成してる仕事に所属していれば、もう少し長く働けたかもなぁと思う。
まぁもう終わった話だけどね。
頑張ったら頑張っただけ感謝されたり、喜ばれたりする仕事がやりたい、人間だもの…。
うちの夫は仕事人間で、私に家事を任せっきりだが、よく「ありがとう」と口に出してくれるので私はそれで満足する。
その血を継いだ息子たちも、朝食にスクランブルエッグを出しただけで「かっか、卵をつくってくれてありがとう。」と、さらっと感謝してくれる。そんな簡単な卵焼いただけで、なんか、ごめん、と思うのだが。
だから主婦は合っている気がする。
さらに四六時中仕事をしていても、仕事が嫌だとか、面倒だとか、行きたくないとか、一度たりとも言ったことのない人間と結婚したため、なんというか、適材適所とはこういうことなのかな、と思う。

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