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小説 姉の秘密

 八月二十一日、姉の自殺を止めた。妙に高いテンションで空元気を振りまく姉と、天井にぶら下がる縄が不協和だった。私は姉の自殺を止めただけで、ここから不安定な姉を支えなければならないと思った。時計の針が不自然なほど大きな音をたてている。

 姉はしっかり者だった。子供の頃から勉強ができ、学校でも人気者で、私の面倒もよく見てくれた。得意料理はオムライスで、お手本のようなラグビーボール型に、ケチャップで私の名前を書いて出してくれた。夏祭りにも毎年欠かさず行っていたのだが、友達に冷やかされてからはあまり行かなくなった。それでも、私は優しくて面倒見のいい姉のことが大好きだったし、今でも仲良しだと思っていた。だからこそ、姉の自殺の予兆をつかめなかったことを悔しく思った。

 「くーちゃん!大丈夫だよ!大丈夫だからね!私、元気だから」姉は相変わらず、空元気を振りまいて、事実を隠蔽しようとしている。私は沸き起こる感情を無視して、いつも通りに姉と接した。
「分かったから、落ち着いてねぇーちゃん」私は姉に部屋の掃除を提案した。カップ麵、コピー用紙、ボールペンなどが散乱していて、所々に虫がたかっている。姉とは定期的に連絡を取っていた。他愛ない話を週に一回はしていたのに、姉の現状に気づくことができなかったのだ。姉は今の自分を一生懸命隠そうとしていたのだ。

 部屋にはテレビとベッドとPC以外には何もない。恐ろしくシンプルな部屋だ。そのシンプルさを台無しにするようにゴミと布が散乱している。ベッドの上には乱暴にスーツと下着が投げられている。机の上にも物が積み重なっていて、それが表面張力でもしているかのようにぎりぎりの状態を保っている。ゴミ袋が5袋、窓辺に立てかけられている。私と姉は、適当に話をしながら部屋に散乱したものを整理していった。姉の顔をよく見ると、頬に二つの線が走っていた。

 掃除を終え、私はキッチンに立っていた。姉はさっきまでのおしゃべりが嘘のように黙り込んで、鍋の中で震える雑炊を眺めていた。私はその間に部屋に掃除機をかけていた。ベッドの下を覗き込むと、何かがあるのが見えた。引っ張り出すと半透明なケースに大量の写真が入っていた。そのほとんどが私の写真で、中には自慰行為を盗撮したものもあった。キッチンから足音が近づいてくる。

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