次で認知行動療法(CBT)を卒業することとなりました。
3月から毎月一回通っていたCBTを次のカウンセリングで卒業することになりました。(次何の問題もない場合)
躁鬱での通院で元主治医に吃音のことを相談したらCBTを勧められた。
「考え方のくせをなおす」と書かれたチラシは当時の僕からするとうさんくささしか感じませんでした。しかし元主治医が「これで吃音はなおる」と言われたのが心に残っており、通うことに決める。
しかし合わなかった。
吃音がでそうなとき、その不安度を書き出してみるとか実際に飲食店などで注文の練習をするなどを提案されたが、「こんなので変わるのか?」と疑いの気持ちしか出てこなくて断念した。
元主治医にそのことを伝えた。
「合う合わんを考えるんやったらそれまでやな。ほんまになおしたいなら合う合わないに限らずやってみるべきだ。」
と返され、再び通うことに決める。
通っていく中でカウンセリングでの何気ない会話が吃音の改善に大きく貢献することとなる。
「僕、吃りそうだなと思ったらえーととかあのーとか言葉を付け足したりしてるんですけどこれってやめたほうがいいですよね」
「いや、どんどん付け足していいと思いますよ。実際私も発表の時前に付け足したりしてますし、それで話しやすいのであれば全然悪いことではないと思いますよ。」
え、いいんだ。そう思いました。
今までは前に言葉を付け足すことを悪と考えていたため、なんだかとても気が楽になった。
えーととあのーなどを使いまくり日常会話をこなしていたらどんどん予期不安もマシになっていきました。
避けないようになりました。
避けずに挑戦することの大切さを知りました。
そして何回かカウンセリングを重ね、なんとなくこうしていこうみたいなことがいくつかでてきました。
・吃音がでてもok
・吃音がでてもでなくても関係ない。「伝われば」それでok
・どんどん吃音だしていこう
•避けない、逃げない、かくさない
•数をこなそう
毎日この5つを意識しながら日常生活を送っていました。
今日のカウンセリングでは目上の人と関わるときにいつもより緊張し、予期不安が強くなることを相談した。
「逆にそれがいいんじゃないですか?緊張してたどたどしい方が私はいいですけどね。
社会人一年目で目上の人にスラスラ話せる人は逆に嫌ですね。なんかなれなれしい感じしません?だからそこは別に変えようとする必要はないと思います。」
ほんとにこのカウンセラーさんには驚かされる。あっ、そういう視点もあるのか。と。
終わり頃に「もう次回で何も問題なければ卒業ですね。」と言われた。
あ、卒業かー。
こんな僕が卒業できるのか。
そう感じた。
でも確かに社会人を普通にやれる程には改善した。
少し高かったけど続けていてよかったなと。そういう気持ちになりました。
吃音はこれからもずっと付き合っていくものだろうなと感じています。
でもこの認知行動療法でそれがそんなに難しくないことがわかりました。
吃音を恐れず、素直に吃れるようなそんな自分になれたらなと思います。