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【理学療法の考え方③】ヒトは楽に動く生き物
ご覧いただきありがとうございます。
理学療法を行う上で、身体運動の理解は必要不可欠な要素です。
その中で、大原則として、
"ヒトは楽に動く生き物である"
という理解が重要です。
以下にまとめます。
楽に動くとは?
エネルギーコストが最小限になるよう最適化された運動戦略を選択することです。
これは、無意識化で行われる動作を前提とします。
意識して動作を変化させた場合、何かしらの努力を伴うため、エネルギーコストは最小ではなくなるからです。
詳細にまとめると、ヒトは姿勢や動作を保つ際、無意識化では自動選択的にエネルギーコストを最小化する、つまり疲れない動作を勝手に行います。
もっと言えば、ヒトの運動の動力源である筋の活動を最小化するように運動が形成されます。
運動機能症候群のオレンジ色の書籍で有名なMSIの考え方の中でも、運動は最小軌道を通る様に選択されると考えています。
文言は違えど、同じ内容を意味すると捉えて良いと思います。
身体の構造とエネルギーコスト
身体の関節を考えていくと、能動的な制御に関わる動的支持機構と受動的な制御に関わる静的支持機構に分けられます。
動的支持機構は筋、静的支持機構は骨・関節面、靭帯、関節包などの筋以外の組織です。
先程述べた様に、エネルギーを必要とするのは筋なので、楽に動くためには静的支持機構を上手く使用しながら動く必要があります。
この点に関しては、ヒトの関節の機能解剖を考えると非常に合理的な仕組みがあります。
例として立位保持の股関節と歩行時の膝関節をあげます。
【立位保持】
股関節前面にはヒトの身体で最強の靭帯が付着しています。
立位が長くなると、骨盤を前方に偏位させ股関節伸展位となりやすくなりますが、この姿勢は股関節前面の靭帯の支持性に頼るように保持をしているということを意味します。
つまり、靱帯性の静的支持機構を利用した姿勢戦略と言えます。
【歩行】
膝関節は完全伸展位となることで、膝後面の靭帯や関節包が緊張することで安定化します。また、同様に内外側の側副靱帯が緊張し、側方動揺が制動されます。関節面の支持や半月板の適合も相まり、静的支持機構での安定化が最大となります。
逆に屈曲位をとることは、完全伸展位を崩すことで動的支持である筋に能動的な制御を要求し、エネルギーコストを発生させる中で運動が許容されます。
歩行周期の中では、ICのタイミングで完全伸展位をとることで最大の衝撃吸収を静的支持機構で行います。その後、LRでの前方への推進力の形成やLRからMStに移行する際に膝関節の屈曲運動の制御や屈曲位から再度伸展位に戻すためのエネルギーコストを必要としますが、MStで位置エネルギーが最大となることでその後の立脚期は筋発揮が少なく済みます。
この様に、身体運動の中で力学的な負荷を上手く減らせる様に静的支持機構を使いながら関節運動は合理的に行われる様に出来ています。
臨床的な考え方
ヒトの身体運動において、姿勢・動作を制御するためには、重力に抗しながらバランスを保つことが必要です。
支持基底面から身体重心が逸脱すると、バランスを崩し転倒します。
そのため、これに抗するために筋活動により運動を制御します。
これを関節に対する力学的要求とします。
また、先程の組織の構造による静的支持機構を上手く使用した関節の構造を、関節の機能解剖学的要求とします。
身体運動における、これら2つの要求に関して、運動を制御するために必要不可欠で優先される事項は力学的要求となります。
つまり、運動を成立させるためには、姿勢制御が最優先事項であり、バランスを保つために筋による能動的な制御が要求されます。
さらに言えば、それらを達成するためには、関節の機能解剖学的な良い作りを犠牲にすることがあります。
これが病態発症に関与する異常な筋活動や関節運動をもたらすメカニズムと考えられます。
大きく捉えると、理学療法士として運動を変化させることは、病態や症状にとって良い動きが出来る様にし、それがエネルギー効率の観点から最適であるようにしていくこととなります。
良い状態を作るだけでなく、その状態が楽なものとして動ける様にすることは、理学療法の効果を持続させます。
楽に動けるということは簡単なようですが、2つの要求を達成した上で行われる最適化された身体運動と捉えると、非常に複雑です。
しかし、動作を理解し、変化させ、定着させるというプロセスを行えることは理学療法士のストロングポイントだと思います。
補足
今回の観点から考えると、動作練習中のコマンド入力は運動の練習のためとして良いものの、その指示内容を日常動作中に"意識して下さい"と患者教育していくことは、あまり理にかなっていないのではないでしょうか?
リハビリ現場で良く目にする場面だと思いますが、再考が必要かもしれません。