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エレベーター
ある朝、自宅を出てエレベーターに向かい、下に向かうボタンを押そうとすると、既に中に妙齢の女性がおり設えられた鏡に向かって立っていました。ほんの一歩の違いで逃してしまったと私は諦めてエレベータの前に立っていたのですが、エレベーターは一向に下に向かう気配がありません。一方その女性は鏡の前で身繕いに余念がないため、ひょっとするとボタンを押し忘れたまま気付かないでいるのかも知れないと思い至り、勇気を出して下に行くボタンを押そうかどうか迷い始めたその矢先、ようやくその女性は自分の置かれている状況に気付き、中の1階行きのボタンを押したのでした。何とも気まずい出発となってしまったのですが、中にいた女性は私以上に気まずかったでしょう。女性のその後の約束が首尾よく行くことを願って私は気持ちを切り替え、再びエレベーターが上ってくるのを待ちました。
そう言えば、このエレベーターですが、隔階にしか止まらないのです。転居する直前に、「あなたの階には残念ながらエレベーターは止まりません」と言われたのですが、そんなエレベーターがあるとは思っても見ませんでした。実際入居してみると確かに2、4、6・・・と偶数階にしか止まらず、1階分とは言え、重く嵩張る家具を引っ越し屋さんに何度も階段で運び込んでもらうこととなってしまいました。入居初日から恐縮至極のスタートとなってしまいました。
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ついでに、所変われば、ですが、大阪のエレベーターはセキュリティ上の不安を軽減するためなのか、中の様子が見えるタイプのものが多かった気がします。私がついこの間まで住んでいた大阪のマンションもこのタイプで、大人はそのことを知っているため大抵はお行儀よく、真っすぐ前を見て余計な動きはしないのですが、子供連れの家族の場合微笑ましい光景がよく見られました。大阪の子供たちは大らかで、片時も休むことなくエレベータ内をちょこまかと動き回っています。重苦しい一日の勤務を終えた帰りにたまたまそのような家族の様子を拝見し、癒された夜が何度かあった気がします。
さて、エレベーターと言えば、全く偶然に思わぬ人と鉢合わせる場となることもあります。この間も、東京から出張して大阪本社のビルのエレベーターに乗り込むと、ポンポンと肩を叩かれました。ひょっと後ろを向くと、メキシコに海外赴任中のはずの後輩が立っているではありませんか。学校の関係で先行帰国する娘さんの諸手続きをするために一時帰国しているとのことで、ほんの数秒の時間でしたが相変わらずのにこやかな笑顔に和みました。
最後におまけです。メキシコで遭遇したエレベーターは驚きと戸惑いを禁じ得ませんでした。友人が彼の住むマンションに私を招いてくれた時のことです。友人と一緒に何の変哲もないエレベーターに乗り込んだのですが、何と扉が開くと目の前に友人宅の居室が飛び込んで来るではありませんか。何が起こったのか分からずエレベーター内に立ちすくんでいると、友人曰く、このマンションは1フロアに1家族しか住んでおらず、このような作りになっているとのこと。エレベーターでボタンを押す時にセキュリティーカードをかざす方式になっているから安心して、と教えてくれました。そうは言っても、同じマンションの他の住民と乗り合わせたり、場合によっては、配達のおじさんや、最悪の場合全くの部外者が乗り込んでくる可能性すらあるではないですか、ここはメキシコですよ、と頭は混乱するばかりでした。そう言えば似たようなシーンをハリウッド映画で見たような気もするのですが、それにしても本当に、色々なエレベーターがあるものです。
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