アンティーク・レースと出会える博物館 ー フランス共和国編 ー
ノルマンディー
ー Musée des Beaux-Arts et de la Dentelle
ノルマンディー地方オルヌ県の街アランソンに所在する美術館。
絵画、素描、版画、彫刻などの美術品とともに1900年に設置された民俗学に基づいたカンボジア美術、アランソンの街でかつて産業として発展したポワン・ダランソンをはじめとするアンティーク・レースが所蔵展示されています。
同館は1857年に開館し、絵画などの芸術作品が19世紀後期に集中してコレクションされました。アンティーク・レースの蒐集がはじまったのは19世紀末になってからです。
この美術館を代表する所蔵品にポワン・ダランソンの婚礼用のヴェールがあります。2018年にフランスで行われたオークションで落札手数料込みの82,940ユーロの高額で落札されたことがフランスで大きな話題となりました。
アランソンのニードルレースの伝統は2010年にユネスコの無形文化遺産に登録されて、技術の伝承などや保護の機運が高まりました。
そのような流れのなかで、アランソンの美術館は《 ポワン・ダランソン・レース協会 》や 《 文化遺産保護財団 》やその後援者クラブ、クラウドファンディングなどによって10万ユーロの購入資金を集めオークションに参加しました。
ポワン・ダランソン・レース協会会長のマリー=ノエル・シャリュエルと同館学芸員のジョアンナ・モーブッサンが、落札が確定した瞬間に目に涙を浮かべて抱き合う写真を掲載した記事が多くの新聞を賑わせました。
学芸員によると、紋章がデザインに見られないのでヨーロッパの王室や貴族の家系からの注文品ではなく、大きさから考えられるのは博覧会などのコンクールに出品されたか展示品として製作された可能性が高いとのことです。
ー Maison des Dentelles d'Argentan
ノルマンディー地方オルヌ県の街アルジャンタンに所在する小規模の博物館。
同館は1997年に当時の市長フランソワ・ドゥバン氏と《 フランス・レース刺繍連盟 》の会長であったミック・フーリスコ女史の提唱により、ポワン・ダルジャンタンをはじめとする地域の伝統であるニードルレースの技術を保存するために開館しました。
アランソンのレース美術館よりも小規模ですが、企画ごとに展示を変更するなどの工夫と教育機関に対するガイドツアーやワークショップなどを充実させています。
同館は学校教育の場として提供を優先しているので午前中は基本一般公開されていません。2023年度は閉館となり滞在は完全予約制となっています。
ー Musée d'Art et d'Histoire Baron-Gérard
ノルマンディー地方カルヴァドス県の街バイユーに所在する博物館。
現在の博物館は旧バイユー司教宮殿の建物内に1900年に設置されました。バイユー博物館の歴史は1793年、フランス革命の最中にはじまります。地域を代表する著名な《 バイユーのタペストリー 》をはじめとする中世美術を保護する目的で設立されました。
同館には絵画作品のほか、考古学的資料や応用美術、地域を代表する19世紀から20世紀にかけてのバイユー硬質磁器のほか19世紀に最盛期を迎えたレース産業の作品群が展示されています。
この地域で生産されたレースには白い亜麻糸を用いた《 バイユー 》、黒い絹糸の《 シャンティイ 》、生成の絹糸の《 ブロンド 》の3種類の異なるタイプが見られます。
バイユーを代表する有名な《 ルフェヴュール 》工房の作品が積極的に蒐集されているのも同館の特徴です。
同館の所蔵する作品のなかの象徴的なレースが、2016年にオークションで同館により12,499ユーロで落札された豪華なクリノリン用のスカートです。
ルフェヴュール工房の作品とは断定されていませんが、その高度な技術や優れたデザインはルフェヴュールに匹敵する工房によって製作された博覧会や展示会への出品のために特別なスカートではないかといわれています。
オー=ド=フランス
ー Cité internationale de la Dentelle et de la Mode de Calais
オー=ド=フランスのパ=ド=カレー県の街カレーに所在する大規模な博物館。
同館は2009年6月11日に開館した比較的新しい博物館です。おもにカレーの地域産業である機械製レースの歴史文化に特化した収蔵品で知られています。
1870年代に設立され2000年まで操業していたレース工房の《 ブラール 》社の跡地を1988年にカレー市が機械レース産業の知見を広める場所を設置するプロジェクトとして買取り、自治体の主導で設立されました。旧ブラール工房の建物部分は1874年に建てらたものです。
カレーの街には早くも1816年にイギリス製の最初のリーバーレース織機が導入されました。1820年には地域の500人の女工がこの機械製レースの生産に従事することとなります。
1824年にはカレーに40の工房が建ち並びが、55台のリバーレース織機を稼働していたと記録されています。この産業は137人の労働者と900人の製品を仕上げる女工の雇用を創出しました。
カレーのファッションとレースの博物館は新しい施設なので現代的な感性によるプレゼンテーションも魅力のひとつです。
カレーは近代的な機械製レース産業のもっとも発展、成功した地域であり同館はリバー・レースに関する資料の豊富さで知られています。
ドーヴァー海峡を隔ててイギリスと対峙するカレーは、地の利を活かしてリバー織機がいち早く設置された街でした。非常に大型で部品数の多い複雑なリバー機はその輸入や組立、保守管理に従事する英国人の職人を招聘しやすい立地条件に恵まれて、カレーは現代までつづく機械製レース産業の伝統を守りつづけています。
オーベルニュ=ローヌ=アルプ
ー Musée Crozatier
オーベルニュ=ローヌ=アルプ地域オート=ロワール県の県庁所在地ル・ピュイ=アン=ヴレに所在する博物館。
中世に巡礼路の要衝として栄えたル・ピュイの繁栄を支えたのはレース産業でした。ル・ピュイのレースについて記述した最古の記録は1408年といわれています。17世紀前期で約7万人もの女工がレース生産に従事していたと記録されています。
同館は1820年に開館し、当初は王族であるベリー公爵夫人マリー=カロリーヌに因みカロリーヌ博物館と呼ばれていました。館の収蔵品は多岐にわたり、ヴレ地域の歴史や文化、科学や考古学に基づく蒐集がされています。
ヴレ地域で生産された工芸品もコレクションに加えられ、アンティーク・レースは同館の4つのセクションのうち《 ギャルリー・ヴレ 》に展示されています。
同館の所蔵するレースのいくつかは《 フランス・レース刺繍連盟 》の会長を務め、1974年の創設以来その地位にあったル・ピュイのボビンレース技術教育センター長の役職を2020年に退任したミック・フーリスコ女史が2016年に寄贈したものです。
長い伝統をもつル・ピュイのレース製作ですが、ボビンレース技術教育センターは30,000ユーロの負債を抱え現在は財政再建が課題となっています。
ー Musée des Manufactures de Dentelles
オーベルニュ=ローヌ=アルプ地域オート=ロワール県の街ルトゥールナックに所在する博物館。
同館は応用芸術の分野でフランスで唯一、かつて操業していたレース工房を実際の当時の建物のままで保存しています。そのコレクションはとても素晴らしく45万点以上の作品が所蔵されています。
1994年、ルトゥールナックの街は廃業した《 オーギュスト・エクスペルトン・エ・フィス 》社の建物とその工房全てを購入することにより貴重な資料が散逸するのを防ぎました。
1998年には、Fonds Régional d'Acquisition pour les Musées(美術館のための地域買収基金)の支援を受けて、1997年に閉鎖されたレース工房《 クレール・エクスペルトン・エ・コンパニー 》社を買取り、コレクションの充実化が図られました。
展示は6つのセクションに分かれています。旧工房の2階では16世紀のレース製作のはじまりから現代に至るまでの《 レースのヨーロッパ史 》からはじまります。
つづいて同じ階の《 レース女工たち 》のセクションでは、20世紀前半の女工たちの日常生活が紹介されています。このセクションは、1996年から2001年にかけてルトゥールナック地域で存命の最後のレース女工たちを対象に行われたインタビューによって収集された情報に基づいて構成されています。
1階の《 偉大なる工房 》セクションでは工場ではどのような作業をしていたのかという誰もが抱く疑問に答える展示となっています。展示が私たちに伝えるのはレース製作の一連の作業で、実際に工房で行われていたデザイナーが紙やトレーシングペーパーに図案を起こすところからはじまり、その図案は台紙に複写されてレース女工たちに配られました。レース女工たちは糸を入手し自宅で製作し、作られたレース作品は工房に回収されて整形した上で販売されました。
ボビンレースで彩られたテーブルリネンやインテリア用の製品、小売店で1メートル単位で販売された幅レースや衣服のヨークなど、工房ではさまざまな製品が作られました。
同じ2階にある《 デザイナー 》のセクションでは、デザインの創作活動やインスピレーションの源を紹介しています。1階の庭側では《 機械工芸 》のセクションでは旧エクスペルトン工房があった元の場所に保存されている円形のトーションレース編み機が展示されています。
最後の《 レース製品 》のセクションでは、19世紀末から20世紀半ばにかけてのオート=ロワールの工房群で製造されていた実際のレース製品を展示しています。
同館が従来から所蔵しているかつてル・ピュイ=アン=ヴレ地域で製造された数十万点に及ぶ資料のほか、館長を務めたブルーノ・イティエ氏の下で2007年以来いくつかのアンティーク・レースが蒐集されコレクションに加わっています。
ブルーノ・イティエ氏はレースの蒐集と同時に世界中から科学者を迎え、古いレース作品の年代測定や分析を行いレースに関するヨーロッパ初の科学的研究センターとしての機能を同館にもたらしました。
ギリシャの分子生物学と染織品の考古学的専門家であるユリー・スパンティダキ女史はそのような科学者のなかのひとりで、定期的にルトゥールナックを訪れ重要な研究成果を同館に提供しました。またリヨンの織物美術館とルーヴル美術館がそれぞれの収蔵品の一部を同館で鑑定しています。
遠くアメリカからも科学調査の依頼があり、メトロポリタン美術館に所蔵されている1929年の大恐慌以前に蒐集され20世紀初頭当時の鑑別基準で分類され、それ以来改訂されていないレースが鑑定されました。
彼らの研究成果のひとつが、19世紀前期までは亜麻糸と絹糸で作られるのが当然であったレース産業に19世紀中期以降大量の綿糸が持ち込まれた事実が判明したことが挙げられます。
帝国主義の台頭により植民地から安価な綿花が搾取されたことでレース製造にも大きな変革を促し、亜麻糸や絹糸ほど細くはないが強靭な綿糸の登場は手工レースの衰退と機械製レースの発展に多大な影響を及ぼしました。
今回はフランス国内から、品質のよい亜麻の産地で古くからニードルレース産業が隆盛したノルマンディーと、機械製レースの産地として知られるカレー、ボビンレースの伝統が息づくル・ピュイ周辺の博物館をご紹介いたしました。